
【第13話】
『修造は時空を超えて』
(2004/9/16)
| アテネ・オリンピック、北島の100mと200mの金メダル、皆さんはどれだけ興奮したのだろう。あるいはしなかったのだろう。僕は完全に時間調整に失敗して、二つのレースとも見過ごしてしまった。寝過ごしてしまったのである。だから単純に比較できないし、世界新じゃなかったからというわけじゃないが、去年の「世界水泳バルセロナ」のときのコースケの方が興奮したなあという感触がある。それはレースそのものよりも、「世界水泳」の司会を務めていた松岡修造の存在が大きかったのかもしれない。 あえて「修造」と呼ばせてもらう。あのときの修造はすごかった。テレビで見た方はご存知と思うが、日本選手の泳ぎに合わせて「せいっ」だか「へいっ」だか文字にならない気合を発していたのである。修造がテニス界のホープとして、東宝グループの御曹司として注目されたとき、ある逸話を聞いて僕は修造ファンになった。「吉野家の牛丼が大好き」という話だ。「マル金」なんて言葉が流行った時代である。大学生は女の子をエスコートすべく、オシャレなレストランを血眼で探したもので、最低でもファミレス、「吉野家」はこそこそと食べに行く場所だった。そんな御時世に堂々と「吉野家の牛丼が好き」と言ってのける御曹司に、「こいつ、いい奴」と僕の好感度はうなぎ上りだったのだ。 「世界水泳」のスタジオで、僕は構成作家の一人として、修造の「せいっ」を体感している。水泳が好きな人にとっては邪魔なのかもしれないけど、あの熱さに煽られて競泳に引き込まれた人もいたはずだ。すごい「気」だもの。競技場にいるならともかく、世界水泳のバルセロナとは何千マイルも離れた日本の東京の六本木である。それでも、修造の「気」はバルセロナに届いているんじゃないかと錯覚するほどだ。 「世界水泳」の北島の二つの世界新と金メダル、山本貴司の銀メダルはいずれも生中継だったのだが、実は、最終日の男子メドレーリレーは「ディレイ」であった。つまり「生中継」ではなく、ほんの少し遅れての録画放送である。修造はそれを知らされていない。いや知ってはいても、視聴者と同じ視線で見るために、生中継だと思って気合を入れて応援している。つまり、メドレーリレーは終わった後だったのである。 それでも修造は「せいっ」と「気」を送り続けた。結果、日本チームは見事に銅メダルを獲得した。僕はその姿を見て、思った。修造の「気」は、何千マイルという距離はもちろん、時空も超えて、数分前の日本選手に届いているんじゃないかと。 修造はかつてウインブルドンのセンターコートでベスト8進出をかけて戦ったとき、「修造!」という日本人の声援を聞いて勇気づけられ、劣勢を跳ね返したという。それ以来、彼は「声援」はアスリートにとって大いなる力であると信じて疑わない。 アテネでも修造はテレビ朝日のキャスターを務めていたようだ。僕はほとんど見るチャンスがなかった。だが、修造はあの「気」をアテネにも送っていたに違いない。アテネはバルセロナよりも近く、日本との時差は2時間も少ない。修造にとってはたやすい距離なのである。 |