今までの蘇我拾遺物語はこちらです!


【第10話】
『七十六人目の浪士』
(2004/4/7)


 同じ放送作家を生業とする人の中で、僕の親友といえるのは伊藤滋之さんだ。2年前、僕がワールドカップ準々決勝のチケットを自力で4枚手に入れたとき、一緒に行ったのが、えのきどいちろうさんと、えのきどさんの親友・安齋肇さんと、そして伊藤滋之さんだった。えのきどさんが発見した「ワールドカップで生まれる親友4人組」の法則により、僕と伊藤さんは紛れもない親友である。昔、一緒に「夜のヒットスタジオ」の取材作家をしていた頃からの付き合いだが、伊藤さんはその後、一貫してスポーツ番組を手がけてきた。放送作家としてはかなり偏っているが、「自分が自信を持ってやれるジャンルはスポーツ」「他のジャンルで知ったかぶりをしたくな
い」という一途な姿勢が素晴らしいと思った。偏っているとはいえ、「世界陸上」「世界水泳」「筋肉番付」「体育王国」「スポーツマンbP決定戦」「GET SPORTS」などの番組を中心になって構成したり、立ち上げたりしてきた作家でこの分野では「最大手」と言っていい。

 その伊藤さんがこの春、レギュラー番組をすべて降板したと人づてに聞いた。ただ事ではない。放送作家は番組を降ろされることはあっても、自分から番組を降りることは滅多にない。あるとしても郷里に帰って家業を継がなければならないとか、あるいは病気とか、よほどのことだ。さらに言えば、「他の番組をやるから」という理由で降りるのは一大事だ。「あなたの番組をやめて、他の番組をやります」なんて言ったら、テレビ局の人は自尊心が傷ついちゃって、「あいつとは、二度と仕事しない」ってことになりかねない。

 で、伊藤さんの降板理由が「他の番組」だった。伊藤さんは古舘プロジェクトに所属している。売れっ子を多く抱える古舘プロジェクトの作家の中でbPか、2である。
その事務所の屋台骨、古舘伊知郎が久米宏「ニュースステーション」の後を受けて、「報道ステーション」を始めることになった。古舘の片腕・伊藤が馳せ参じないわけにはいかない。伊藤さんだけじゃない。古舘プロジェクトの他の構成作家や、古舘さんと親しい筋のディレクターもレギュラー番組をすべて降りて「報道ステーション」に集まった。今にして思えば「古舘プロジェクト」である。「事務所」や「プロ(ダクション)」でなく、あえて「プロジェクト」を名乗ったからには、「企て」「謀(はかりごと)」があったのだ。僕は、赤穂浪士を思い浮かべた。それまで世を忍んでいた浪士たちが亡き主君の無念を晴らし、お家を再興するために馳せ参じる。この場合、主君たる古舘さんは生きているし、なんの無念もないのだが、これこそ「古舘プロジェクト」だったのだ。「報道ステーション」は嵐の船出だ。「ニュースステーション・久米宏」の後だけに、みんなが「叩こう」「ツッこもう」と、もみ手で待ち構えている。すでに、古舘家の一大事なのである。「古舘じゃダメだった」なんて言われたら、それこそ無念だ。「夜ヒット」の頃、僕は古舘さんに「いいセンスをしている」と誉めてもらったことがある。僕もかつて古舘さんを信奉していた作家の一人だったわけで、浪士のはしくれと言ってもいい。四十八人目と言わないまでも七十六人目くらいの資格はあるんじゃなかろうか。しかし、馳せ参じたい気持ちは山々だが、レギュラーを全部降りることはできない。第一、呼ばれていない。無念だ。

 四月五日、亥の刻。いよいよ討ち入りである。僕は七十六人目の浪士として、テレビで見守るのみだ。


蘇我拾遺物語へ

TOPページへ