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【第9話】
『哀悼の意
(2004/3/31)


 加藤茶に「長さん、ずいぶん急いで行っちゃったんだね」と言われたいかりや長介とジェームス・ディーンが同じ1931年生まれだということはご存知か。いや、この場合、「ジミーほどは急いでないけどね」なんて言っても始まらない。

 いかりや長介のお通夜が終わりに近づいた午後8時、誰かが「長さん、8時だよ」と叫ぶと、ファンらが「全員集合」と叫んだ。翌日の告別式では、出発する霊柩車に「オイッス」という声がかかったという。メディアはこれを「いかりや長介に対するファンの哀悼の意」として報道した。ふーん、と思う。ということは、やがて加藤茶は「歯みがけよ」「ちょっとだけよ」、志村けんは「アイーン」「だっふんだ」で見送られるのだ。谷啓は「がちょーん」、坂上二郎は「飛びます、飛びます」、ビートたけしは「コマネチ」。植木等と萩本欽一は何がいいだろう。ギャグで言っているんじゃなくて、今回の現象はつまりそういうことだった。「哀悼の意」も軽くなったもんだ。三波紳介は「びっくりしたな、もう〜」と見送られなかったし、ハナ肇も「あっと驚くタメゴロー」とは見送られなかった。でも、これからは違う。一度、許してしまったら、「哀悼の意」の値崩れをもう止めることはできない。

 メディアやファンの「娯楽」への欲望は果てしない。タレントの死にも「演出」や「盛り上がり」を期待する。すぐに忘れてしまうくせに。その上、自分たちの欲望についての自覚はなく、「故人も本望だろう」と身勝手な解釈をしている。自分も所詮、ワイドショーを見た野次馬の一人だけど、加藤茶の弔辞を聞いて「なんだかなあ」と思った。喪主あいさつで、余命宣告を告げられなかったことを打ち明け、亡き父に謝罪した長男。そのリアリティの前では「向こうでコントやろうよ」はあまりに陳腐だ。そして、それは加藤茶が、というよりもメディアやファンが言わせた一言だったと思う。いや、本当に本望だったら、それでいいんだが。

 『ドリフ大爆笑』のエンディングで1983年から20年間、同じ映像を使っていた話は有名だ。不仲と言われたいかりや長介と加藤・志村が同じ収録に参加することはなかった。文化放送のくわまん(桑野信義)の番組で志村けんがゲストに来たとき、「長介、すっかり売れちゃって」「自分が売れちゃったら丸くなった」と話していたのを思い出す。ここからは僕の想像だけど、『全員集合』が終わって『加トけん』がはじまり、グループの上下関係と収入のバランスが崩れた。いかりや・高木と加藤・志村の溝が深まった(仲本は中立だった)。でも、いかりや長介は役者としてブレイク。
売れたことで、皮肉にも加藤・志村との溝は埋まった。がんを患い手術も受けた。
「ドリフ40周年だし、老い先短い身。そろそろ撮っておこうか」というので、昨年末、20年ぶりに5人一緒の収録に臨み、新しいエンディングができた、というわけだ。ちなみに、あのエンディングは、『いい湯だな』の替え歌で、タイトルは『フィナーレ〜さよならするのはつらいけど』という。さらば、いかりや。


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