
【第2話】
『僕の思し召し』
(2003/8/7)
| ある日の深夜、テレビ局でタクシーチケットを出してもらった。このチケットは東京無線、日本交通など大手数社のタクシーで利用できる。自慢じゃないが、我が家は遠い。タクシー業界で言うところの「ロング(長距離)」だ。深夜の都心からなら25000円は下らない。テレビ局の隣りの一流ホテルに泊まれる金額だ。テレビ局はホテル代は出さないがチケットは出す。 僕はテレビ局の前のタクシー乗り場を素通りして、通りの向かい側のコンビニに立ち寄り、飲料水と雑誌を買って、逆方向のタクシーを拾った。ここに、綾が生じる。運転手さんは行き先を聞くなり、喜びを露にした。『これだけで、今日一日の売上を超えますよ』。 25000円の長距離客を乗せるということは、パチンコで言うと「5連チャン(確率変動で5回連続の大当たり)」を引くようなもんだ。パチンコは結局のところ運まかせ。500円の投資で5連チャンを引くこともあれば、5万円突っ込んでもだめなこともある。攻略本を読みあさる常連にも、散歩の途中にちょいと遊んでるおばあちゃんにも、等しくチャンスは訪れる。すべては、「パチンコの神様の思し召し」に他ならない。 つまり、タクシーチケットを握った僕は「ロングの神様」だ。神様はテレビ局の前のタクシー乗り場で先頭の車に乗ってくるかもしれないし、向かいのコンビニの前で拾うかもしれない。すべては神の思し召しなんである。他の車がタクシー乗り場に2時間並んでいる間に、思し召された車は25000円稼いでしまう。神になった気分は悪くない。タクシー乗り場の先頭の車の運転手の顔を見る。意地悪そうな感じがしたら乗らない。だって僕は幸運そのものなんだから。日頃の行いが良さそうな運転手さんのところに転がり込みたいじゃないですか。行き先を告げたとき、どれだけ嬉しそうな反応をするのか。あるいは心の中でガッツポーズをするのか。ロングの神様は運転手の気持ちを想像してほくそ笑む。 そりゃあ、選べるのなら、「日頃の行い」じゃなくて「サービス」で選びたい。しかし、料金はどこも同じだし、サービスにもほとんど差がない。せいぜい車内の清潔さ、シートの快適さ、運転手がいい感じか嫌な感じか、それぐらいのものだ。それを選別するのは難しい。 行政によるタクシー台数の規制緩和、他業種からの新規参入自由化で、タクシー業界も変わりつつある、とは言われている。業界の風雲児・東京MKタクシーは成田空港までの利用に限りメーターよりも安い定額料金を設定した。他にも各社のアイディアで新サービスが登場しつつあるという。チャイルドシート、携帯電話充電、深夜に帰宅する女性のエスコートサービス、などなど。いずれは、ロングの神様を誘惑するほどのサービスも出てくるかもしれない。『全車カーナビ、カーTV付き』とか『フリードリンク&インターネット完備』とか。 いや、もっと魅力あるサービスを考えてみよう。『オリジナル携帯ストラップ』。馬鹿にしてもらっちゃ困る。僕はなんたって25000円の客だ。キャバクラに行ける料金ですよ。隣りに座って飲み物を出してくれる女の子がいてもおかしくない。運転手さんが言っていた。「千葉まで往復しても原価は微々たる燃料費(LPガス)だけ」だって。女の子にバイト代払ってもまだ儲けが出るってもんだ。電話で指名だってできるかもしれない。「マユちゃん、お願いします」。「指名料はチケットとは別に現金でいただきますがよろしいですか」。それくらいの出費は仕方あるまい。アホな妄想が広がる。でも、そんなパラダイス・タクシーが実現したら、それは僕の思し召しであって、神の思し召しでなくなってしまうのがちょっぴり残念。 |