蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)

 

2007年03月分
第2週 3/5 3/6 3/7 3/8 3/9 3/10 3/11

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第2週

2007/3/5(月)
 21時半入り、TBSラジオ『アクセス』出演。台風級に南風の強い日。家を出る頃、叩きつけるような雨になり、クルマのワイパーを最強にする。中村健吾ディレクターはインフルエンザで早退、渡辺真理さんも風邪気味だった。番組終了後、友野律平プロデューサーと寿司屋で打ち合わせ。



2007/3/6(火)
 19時15分、東伏見・ダイドードリンコアイスアリーナ、ALプレーオフ・セミファイナル第3戦、西武×Bucks。今日は苫小牧の第1戦を思わせる「火の玉Bucks」だった。日曜にヒザをやって、昨日まで満足に歩けなかった土田英二も痛み止めとテーピングで戦場へ飛び出してゆく。第1ピリオドは高橋一馬のゴールもあったが、チーム全体にハードワークで相手を追いまわす姿が戻ってホントに嬉しかった。この姿が見たかった。これがあって初めて王子製紙に勝つことができたんだ。

 2ピリ、西武は戦術を変更、展開をワイドに作る。王子みたいにゴリゴリ来てくれたら集中力で対応できるけど、これは見事だった。それからセミファイナルを通じて、西武はGKの橋本を徹底して挑発し続ける戦法をとった。非常にクレバーだ。残念ながらBucksにはそういう嫌らしさがない。2ピリの4失点で勝負はほぼ決した。3ピリは更に3失点。

 けれど、最後の最後までBucksは気持ちを見せた。3ピリ、荻原→衣笠のゴールはチームの成長の証しだ。タイムアップのブザーが鳴り、あぁ、日光へ帰れなかったなぁと思う。ファンが「奇跡のチーム」にコールを送る。選手が氷上を去って、僕はチームに夢をくれたファンにお礼を言いたかった。ファンの募金がなかったらBucksはプレーオフ出場を辞退しただろう。今日、会場へ来れなかったファンだって大勢いる。

 ちくしょう、霧降アリーナでもういっぺん皆に試合が見せたかった、ちくしょう、もうどうやってもそれは叶わないんだなぁ、と思ったら、急に胸がいっぱいになって後から後から涙が出てきた。ベンチからセルジオさんがやって来て、一緒にゴール裏へ行き、あいさつする。俺は頭を下げて涙をふいてただけだ。この先へ進む決意はセルジオさんが言ってくれた。この先へ行こう。いつの日か、皆で行こう。



2007/3/7(水)
 『NAVI』のデッドエンドなので午前中から猛烈に原稿書き。14時、浅草ビューホテル・コーヒーラウンジにて北海道新聞・東京支社、大倉玄嗣氏とミーティング。ダッシュで帰宅して原稿書き続行。夕方アップしてお店の予約。

 夜、セルジオ越後さんに教わった東銀座のトラットリアで結婚記念日のごちそう会。真鯛のマリネがホントに旨い。店内にBucksのポスターが貼ってあるイタリアンは銀座界隈でここだけだろう。



2007/3/8(木)
 18時、上野駅ハードロックカフェ集合、町屋・Manaへ移動してBucks・村井忠寛、衣笠伸正両選手と会食。衣笠の話をじっくり聞く機会を持つ。神戸出身唯ひとりのアジアリーガー、衣笠は阪神淡路大震災のとき、中1だったんだなぁ。当時の東灘区の様子に言葉を失った。思い出に残る一夜だ。衣笠は素晴らしい男だ。



2007/3/9(金)
 ダラダラした一日。そんな話もアレだが、先日、人にいただいたツェラーのチーズケーキがムチャ旨い。正式には「ガトー・フロマーシュ」っていうの? 参りました。鬼退治の家来になります。

 午後、GAORAの「T×F戦」(スカイマークスタジアム)見ていて、何度もソファで居眠りする。一応、録画もしたから見直せるけど、何か今日は異様に眠いなぁ。スウィニーって投手は使えるんでないの? 先発投手は駒数揃ったね。



2007/3/10(土)
 風邪ひいた。葛根湯のんで静養。なでしこジャパンのW杯予選プレーオフ(×メキシコ戦)は断念する。夕方まで寝て熱が下がり、「大宮×FC東京」(Bs-i)「千葉×清水」(NHK-BS)を毛布にくるまって観戦。



2007/3/11(日)
 風邪ひいた。「鹿島×G大阪」(NHK総合)を毛布にくるまって観戦。




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