蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)

 

2007年02月分
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第4週

2007/2/19(月)
 明け方まで原稿を書いて、午後、白鳥アリーナの練習を見る。村井キャプテンは「何も言うことがないです。最高の雰囲気です」と胸を張る。16時頃、セルジオさんやチームに別れを告げ、SKY724便にて帰京。

 21時半入り、TBSラジオ『アクセス』出演。レーティングウィークの特別ゲストに上杉隆氏。雪のちらつく苫小牧から、エネルギーあふれる東京に戻って物凄く不思議な気持ちがする。



2007/2/20(火)
 19時、Zepp Tokyo、井上陽水奥田民生コンサート。プレーオフ第3戦に気を揉んでても仕方ないので、御招待を受ける。これは自慢だけど、陽水&民生のカップリングはTOKYO-FMで僕がMC担当した番組企画が発端だ。当時、陽水さんのマネージャーと作戦をたてて、例えばGONTITIと引き合わせてみたりしたんだよ。コンサートは物凄く楽しい内容。もちろん開演してからはケータイを切っていたので、プレーオフ第3戦、勝利の報は終演後、井上陽水奥田民生の楽屋で受けとる。



2007/2/21(水)
 19時、すみだトリフォニーホール、関西フィルハーモニー管弦楽団コンサート。シベリウス&ショスタコーヴィッチの5番。指揮は何とシベリウスが藤岡幸夫、ショスタコが飯守泰次郎。選曲も渋いが、指揮者を2人用意する関フィルの心意気に感じ入る。関西のオーケストラは経済界から統合を求められ、苦況に陥ってると聞く。演奏は素晴らしかったですよ。



2007/2/22(木)
 14時、浅草ビューホテル・コーヒーラウンジ、『週刊アスキー』福岡俊弘氏、黒崎泰隆氏、岩永英氏と打ち合わせ。ロケーションフリーの札幌ベース設置計画がだいぶ固まる。

 帰宅したら集英社『Vジャンプ』編集部からWiiが届いていた。すっごい楽しいじゃないか、Wii。猛烈に感動する。操作性もこのくらい楽チンなのがいい。



2007/2/23(金)
 原稿書きの一日。今週はかなりしんどかった。一本、週明けに延ばしてもらったので、夜おそくおとついのU-22代表戦(日本×米国)をやっと見る。反町ジャパンは3トップを試みていた。



2007/2/24(土)
 14時、日光・霧降アイスアリーナ、ALプレーオフ第1ステージ・第4戦、Bucks×王子製紙。敵地の3連戦を2勝1敗で終え、王手をかけて戻ってきたBucksである。歴史を変えるべく、ファンも開場前からとてつもない行列で応える。少なくともBucks旗上げ以降の8シーズンで、僕が見た最長の行列。上の駐車場の辺りまで延々と続いている。

 心配事はインフルエンザだった。先週、Bucksの主力数人が高熱を出し、練習を休む。それでも選手層の薄いチーム事情から強行出場せざるを得ない。ファンの力で実現したプレーオフ出場だ。最高の勝利を本拠地で見せたい。

 試合は両軍、硬い立ち上がりだった。「創部80周年」の王子は、今季、優勝を目指している。超満員の霧降アリーナに立つプレッシャーは大変なものだったろう。2ピリ中盤まではBucksがしのぐ展開。しかし、今のBucksはショートハンドの守備が安定している。

 流れを変えたのは今日も小野豊だった。2ピリ中頃、単独で持ち込み、チームにGOサインを出す。先制点は第3ピリオド(10分32秒)、三田亮太だった。終了間際には篠原、高橋一馬がエンプティゴールを決め、初の「本拠地プレーオフ」を完勝する。3対0。Bucksは史上初のセミファイナル出場決定!



2007/2/25(日)
 昨夜はそのまま日光の温泉旅館に一泊。今日は朝湯の後、何もすることがないので初めて東照宮や二荒山神社を観光。下野新聞(今日付、スポーツ面)に「バックス耐えて歓喜/3-0で王子退ける」の記事。石幡愛記者(大学時代、教育実習で三田亮太を教える)の名文にグッと来る。東北道を『ダブルドライブ』(井上陽水奥田民生)聴きながら帰京。晩ごはん、うちの奥さんが赤飯をたいてくれた。




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