蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2006年02月分 | |||||||
| 第4週 | 2/19 | 2/20 | 2/21 | 2/22 | 2/23 | 2/24 | 2/25 |
第4週
| 2006/2/19(日) |
| 14時、東伏見アイスアリーナ、プレーオフ第3戦・コクド×日光神戸。健闘むなしく4対3で敗れる。失点がアンラッキーだったとはいえ、これが現在の力だ。東伏見はBucksファンが圧倒的で完全にホームの状態だった。いやー、日光に帰りたかった。 帰ったら収益になる。人の記憶に残る。まぁ、こうなったからにはコクドの健闘を祈ろう。プレーオフはなかなかしびれるものだった。これは毎年、味わいたいよ。 |
| 2006/2/20(月) |
| 21時半入り、TBSラジオ『アクセス』出演。レーティングウィークの特別ゲストに武田徹さん。武田さんの「なるべく安い手でアガらない」姿勢は素晴らしい。山本モナさんも生身な感じでとても良かった。終了後、皆で話し込む雰囲気もチームになってきた感じ。数字とって欲しいねー。 |
| 2006/2/21(火) |
| 夜、電話があってファイターズ馬鹿夫婦(マツモト&トヨゾー)ん家に男の子が生まれた由。まぁ、アレですよ、僕がいなかったら2人は絶対出会ってないわけで、この新しい生命も誕生しなかったことになります。馬鹿夫婦は僕んとこと文化放送には足を向けて寝ないように。 |
| 2006/2/22(水) |
| 起きてとにかくパソコンやTVが目に入らないよう気をつけて、HD録画したフィギュア女子(ショートプログラム)を見る。我が家は荒川静香派なので好得点に大変気をよくする。『読売ウィークリー』(3月5日号)に掲載された小川勝さんの原稿によると、荒川は「日本スケート連盟が1992年に始めた強化プロジェクト『野辺山合宿』から生まれた、最初の五輪選手」という位置づけらしい。毎夏、小学3年から中1の有望な子供らを長野県の野辺山に集めるという育成・強化プログラムが出来上がってる由。 そこで才能を認められた子は連盟からコーチをあっせんしてもらえる仕組みとのことだが、実際はひと筋縄のことではない。大概は親御さんが家産を注ぎ込んで「才能のある子」が「一流選手」に成長する期間を支える。フィギュアスケートはお金がかかるのだ。僕の妹はトリノ中継の解説者・佐藤有香さんとほぼ同期で、佐藤さんにも、コーチとして著名な御両親にも大変お世話になった。「野辺山合宿」ほど本格化する以前だが、一応、強化練習にも参加したようだ。まぁ、だけど才能もなかったろうけど、お金がムリだった。俺んちなんかじゃホントに腹くくるしかない。だから、五輪選手の家って物凄い負担に耐えてるんだよ。これは大したものだと思うよ。 |
| 2006/2/23(木) |
| 18時半、Bunkamuraオーチャードホール、東京二期会公演『ラ・ボエーム』。いや、アレですね「Bunkamura」って表記することが気恥ずかしいですね。なんで「文化村」じゃダメなのか。日本なのに。日本の渋谷なのに。オープンした頃は、あぁ、よくわからんがリキんでるんだろうなぁと遠巻きに眺めていた。もう10何年たってんだから「文化村」でいいだろう。二期会は上野の東京文化会館もよく公演で使うが、「東京文化会館」、あぁ、何てスッキリする。 初日は大岩千穂のミミ、福井敬のロドルフォという豪華版でした。演出は鵜山仁、指揮はロベルト・リッツィ・ブニューリ、オケは東フィルっす。歌ですよね、やっぱり魅力は。『ラ・ボエーム』ってストーリーは何だかよくわかんないもん。青春っていうのは不可解なもんだし、死っていうのは不条理と割り切って見るしかない。歌はホントに良かったです。あと客席で岡本おさみさんを(たぶん)お見かけし、かつての拓郎フリークとしてマジでドキドキした。思い切って話しかけようかどうしようか迷ったけど、小心者なんで無理でした。 |
| 2006/2/24(金) |
| フィギュア女子で荒川静香が金メダル。曜日の感覚がおかしくなって、『サッカーマガジン』の原稿をあわてて夕方に間に合わせる。夜はRedcapsの永井さん、佐藤ヒゲ魔神と久々に会食。雪の予報はハズれる。 |
| 2006/2/25(土) |
| 日テレでゼロックス・スーパーカップを見た後、深川のDUOへクルマを持っていく。DUOは久々に行ったら、ヴォルクスブルクのユニホームを展示したりして、すっかりブンデスになっていた。帰りに門前仲町へ寄り、リサイクル店を冷やかしたりして、夫婦でしゃぶしゃぶ。微妙に風邪気味? |