蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2004年10月分 | |||||||
| 第1週 | 10/1 | 10/2 | |||||
| 第2週 | 10/3 | 10/4 | 10/5 | 10/6 | 10/7 | 10/8 | 10/9 |
第1週
| 2004/10/1(金) |
| 18時、西武ドーム、パリーグ・プレーオフ(第1ステージ)第1戦・西武×北海道日本ハム。何故、井場かなぁ。調整期間があって、ピッチャーみんなフレッシュなのに何故、プレーオフの2番手が井場なのかなぁ。先発金村もそうだけど、四死球が多すぎ。「打たれたくない、ていねいに行きたい」心理が投球を窮屈にしている。井場は論外としても、Fは大一番の経験が足りないか。打線は勢いを持続してるのに。7対10で完敗。 球場で「青い目の日ハムバカ」ブライアン・コーアン青年と会う。彼のことはリリー・フランキーさんから聞いていた。98年来日以来、ひたむきにFを応援してきたという。今日は小笠原のバッティングジャージを着ていた。一緒に池袋まで西武電車で帰る。元々はヴァーモント州でモントリオール・エキスポズを応援してた由。 |
| 2004/10/2(土) |
| 16時、国立競技場、J1第8節・市原×浦和。『オレンジページ』の石川編集長、安齋尚子氏らと千駄ヶ谷で待ち合わせ。今日は取材ではなく、『オレンジページ』編集部の御招待である。いわば接待観戦。何となれば(株)オレンジページは今やJR東日本傘下なのだ。当初、編集部にリクエストしたのは「いっぺんJRの社員がお弁当つきで観戦している、あのなかに入ってサッカーを見てみたい」という主旨だったが、最近は企業色を消す為にとりやめになってるらしい。『サッカーマガジン』ひとネタ行けるなと思ってたのに残念。フツーにメインスタンドで見る。0対4。 |
第2週
| 2004/10/3(日) |
| 13時、西武ドーム、パリーグ・プレーオフ(第1ステージ)第3戦・西武×北海道日本ハム。5対6でサヨナラ負け。Fの04年シーズンが終わる。3塁の守備位置で小笠原がしばらく動けずにいたのが印象に残る。まぁ、上出来のシーズンだった。サヨナラ本塁打のヒーロー、和田(L)が「日本ハムの勢いと、日本ハムファンのものすごい声援。ホームの西武ドームでありながら、敵地で戦ってるような雰囲気にさらされた」とコメント。このプレーオフ3連戦は北海道から大挙、駆けつけたファンと、俺たち首都圏のファンがひとつに溶けあった「ベースボールドリーム」のひとつの体現。9回、木元の同点2ランは虹のように信じ難い美しさだった。 |
| 2004/10/4(月) |
| 原稿書きの一日。某スポーツ誌で今季のファイターズ総括を10枚くらい書くことになってたが、今日、座談会に企画変更したいとレンラクが入って降板することにした。最初から座談会の話だったらともかく、書くつもりでプレーオフも見てたからなぁ。 |
| 2004/10/5(火) |
| 原稿書きの一日。WOWOWにて「バルセロナ×ヌマンシア」。夜は今年初おでん。 |
| 2004/10/6(水) |
| 原稿書きの一日。夜、アジアユース準決勝(テレ朝)。増嶋、キャプテンなんだから顔を上げろ。 |
| 2004/10/7(木) |
| 原稿書きの一日。パリーグ・プレーオフ(第2ステージ)第2戦(NHK-BS)。解説・武田一浩氏の「松坂は色んな球種を投げ過ぎる」という指摘に賛成。ホントに僕もそう思う。 |
| 2004/10/8(金) |
| 原稿書きの一日。夜、金曜ロードショー(日テレ)にて『エネミー・オブ・アメリカ』。 |
| 2004/10/9(土) |
| 台風22号直撃。夕方、衛星波の調子がおかしくなったのでパリーグ・プレーオフ(第2ステージ)第3戦はテレ朝。両軍の継投は味があった。宮崎のファーム日本選手権は須永がよく投げたようだが、残念ながら中日のサヨナラ勝ち。 |