蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)

2003年1月分
第2週 1/5 1/6 1/7 1/8 1/9 1/10 1/11


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第2週

2003/1/5(日)
 12時入り、東京ドーム、プロ野球マスターズリーグ・東京×名古屋。今年初めての出演の仕事はスカパーのマスターズリーグ中継だった。『WCJ』のとき、お世話になった国武慎也さんからの突然の依頼。実況は石川顕アナ、解説は青学の池井優教授、僕はゲストという気楽な立場である。

 池井優先生はMLB関係の著作で有名だが、実は慶応時代、後藤健生さんの指導教授なのだった。試合前、学生時代の後藤さんの話をうかがう。実に優秀な学生だったが、「あいつ、クイズで有名になっちゃって」なんておっしゃるので笑った。野球狂の教授とサッカーフリークの大学院生が交錯した国際政治学のゼミって強烈だねぇ。

 試合は4回、東京の集中打で決まったが、最後まで締まった好ゲーム。東京先発の野村収の好投と主砲駒田の快打が光る。あと江夏豊が2/3登板して嬉しかった。実況席では石川アナの流れを邪魔しないように心がけた。ベンチサイド・インタビューで広瀬哲朗と話す。4対2。



2003/1/6(月)
 16時、東京ドームホテル・コーヒーラウンジ、河出書房新社・西口徹氏の取材を受ける。『文藝別冊』がナンシー関特集を組むそうで、僕の知ってるエピソードを話した。心境としては去年、週刊誌等の追悼特集を全部断って自分の連載でだけ対応した頃とあまり変わらず、正直言って気乗りしないんだけど、デビュー当時、身近にいた者として社会的責任もあるかなぁと思って受けて立つことにした。極力、自分の考えよりもエピソード等、具体的な出来事を申し上げる。

 19時、東京ドーム、プロ野球マスターズリーグ、東京×大阪。東京は高橋直樹→西崎とFs元エース・リレーであった。6回裏、4対0のところで球場を後にする。広瀬哲朗が38度5分の熱をおして頑張っていた。

 21時半入り、TBSラジオ『アクセス』出演。今日は新しい相方、長野智子さんのデビュー戦。長野さんぐらいキャリアがあっても番組の最初のところは緊張でガチガチになったりするんだなぁ。イメージしてたのと、現場での感触が全然違う人。その心の震えみたいなものが直に伝わってきて、僕はけっこう感動した。スタッフもあらためて新鮮な気持ちで番組に向き合う契機になったと思う。



2003/1/7(火)
 原稿書きの一日。ケータイの留守電に文化放送・水谷加奈アナからADやってたウオちゃんが亡くなったとメッセージが入る。



2003/1/8(水)
 18時、三鷹・東葬祭、横田陽子(旧姓魚本)さんお通夜。会場でなかよしだった吉田涙子アナウンサーと顔を合わせる。涙子ちゃんとウオちゃんは一緒にインド旅行へ行ったりした仲だもんなぁ。遺影が花嫁のヴェール姿で胸がつまる。番組にオーケンがゲストで来たとき、喜んでたっけなぁ。



2003/1/9(木)
 原稿書きの一日。一応、急を要する〆切は仕上げるが、当初の予定から2本ほどこぼれてしまう。イタリアでやりますか。そんなこと言って『ゼルダの伝説/風のタクト』はちょぼちょぼやりこみ。



2003/1/10(金)
 完徹で空港へ。12時55分成田発AZ787便にてミラノに向かう。機中、『兵士に聞け』 (杉山隆男・著、新潮文庫)。抜群の面白さ。今回の旅行は『サッカーマガジン』の広告を見て申し込んだ観戦ツアーである。『サッカーマガジン』に書いててそんなことする奴も珍しいが(編集部へ遊びに行ったとき話したら大ウケ)、俺は全然気にしない。

 通常、プライベートの海外旅行はうちの奥さんと一緒で、彼女は旅程を組んだり、インターネットでホテルを押さえたりが得意なので、そういうのは任せっきりになっている。今回は彼女が仕事で身動きとれないので、完全なひとり旅だ。それなら観戦ツアーが面倒がなくていいやと思った。3泊5日、セリエA2試合観戦の強行軍。奥さんが一緒だったらそんなの絶対許してもらえない。

 17時半、定刻より早くミラノ、マルペンサ空港到着。そうはいっても12時間強の長旅だ。ヒザが痛い。ツアー参加者は全部で4人。ひと組は東京のカップル(中村俊輔ファン)で、もう一人は福岡からネットで申し込んだユーベファンのNさんという人。この人と仲良くなってHOTEL ALEXANDERにチェックイン後、近所のレストランへ出かけた。Nさんもツアー申し込んで奥さんに呆れられた由。中大の同窓とわかり更に親しみが増す。



2003/1/11(土)
 終日フリー。午前中、ロビーで新聞をチェックしてブレシア×ラツィオ戦があるのを発見。観戦ツアーに組まれてない試合だけど、見に行こうかと考える。ブレシアなら電車で1時間ほどだろう。キックオフは20時半、日本の感覚なら楽勝である。完全に行く気で、念の為、フロントに時刻表を見てもらったらミラノへ戻る終電が21時50分でやんの。確認して良かった。以前、モデナで電車に乗り遅れた教訓が生きる。

 きれいさっぱりあきらめて地下鉄で市内観光。ドゥオーモもスカラ座も工事が入っていてちょっとがっかり。それでもドゥオーモ屋上に上がって尖塔越しに市街を眺めたり、カフェ・ヴェルディでのんびりしたり悪くなかった。ガッレリアの辺りは日本の団体客すんごい多いね。この際だからロンバルディア派とヴェネツィア派についてちゃんと理解しようと、アンブロジアーナ絵画館とブレラ美術館を廻る。よくわかりませんでした。宗教画難しいす。カラバァッジョはやっぱカッコ良かった。あとブレラ美術館にモランディがあって嬉しくなった。いつかボローニャ行きたいなぁ。そうか、根性出せば今日、日帰りできたのか。

 夜はそういうことでサッカー観戦もオペラもなし。そうなると楽しみは食べることである。ミラノに来たら絶対に食べようと決めていた料理があった。コトレッタ・アラ・ミラネーゼ。いわゆるミラノ風カツレツである。僕は20代の頃、まだ奥さんになっていないうちの奥さんと交際中、向こうの御両親に内緒で浅草に住んだことがある。いくら下町娘とつき合うにしてもわざわざ引っ越すというのは大変なことなのだが、浅草にベルという、今は無くなったが洋食屋があって、そこでミラノ風カツレツを食べたらあんまり旨かったので決めてしまった。ベルはブロマイドのマルベル堂がやっていた店。ホントによく通ったなぁ。河金もまだ国際劇場んとこにあったしなぁ。予約をしてアルフレッド・グラン・サン・ベルナルドへ行く。高かったけど旨かった本場のミラノ風カツレツ! 今も昔も俺は揚げものが好きだ!



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