蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2002年10月分
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第4週

2002/10/20(日)
 静養。MLBワールドシリーズはサンフランシスコが先勝。あと、『アリーmyラブ5』スタート。



2002/10/21(月)
 15時半、三越前・吉田歯科。21時半入り、TBSラジオ、『アクセス』出演。レーティングウィークのゲストは香山リカさん。彼女の新刊『ぷちナショナリズム症候群/若者たちのニッポン主義』(中公新書ラクレ)に沿った番組内容。終了後、恒例のインターネット対談、ナンシー関の遺稿となった『週刊文春』のコラムをめぐって
見解が分かれる。僕はこれだけ不況が続き、失業率が増すと、いずれヨーロッパみたいに民族主義へ走る若者が出てくるかも知れないとは思うけれど、W杯のとき、世間にあった空気はまったく別のものだと思う。



2002/10/22(火)
 11時、信濃町・慶応病院。思いのほか早く病院の用が済んだので嬉しくなって水道橋の『サッカーマガジン』編集部へ遊びに行く。



2002/10/23(水)
 寝坊して14時の待ち合わせをすっぽかし、がっかり自己嫌悪の一日。



2002/10/24(木)
 原稿書きの一日。スカパー国武慎也さんから大会期間中の『WCJ』再放送の打診が来る。12月で放映権が切れる関係もあって、この際、半年後にまる1ヶ月かけて(試合開始時間も合わせて)、W杯を再現しようということらしい。『WCJ』は毎日、その日の試合に合わせて再放送される由。



200210/25(金)
 一日かけて作文コンクールの採点。ベースボールマガジン社でスポーツカードの編集をやってる池田佳睦氏から写真同封の手紙が届いていてびっくり仰天。「今は『新日本プロレス30周年記念カード』というのを制作中で、先日、昔の写真を探しにベ社の新潟支局の倉庫に行ってきたのですが、そこで若かりし頃のえのきどさんを発見しました。当時の週刊プロレスのファイルの中に入っていて『84年(?)1月21日フジテレビ』と記されていましたが、なんでこんなところにえのきどさんがいるのかな?と不思議に思って送らせていただいた次第です」との由。84年だったら25歳だ。『週刊プロレス』もフジテレビも仕事してないけどなぁ。


新潟で発見された謎の若者


2002/10/26(土)
 15時、国立競技場、J1・第9節、横浜FM×磐田。東伏見へ行く手もあったが、まだ炎症が完全にはおさまってないので寒い場所は遠慮した。ナイターの東スタも同じ理由でパス。とは言っても雨上がりの国立はかなり冷えた。アイスホッケー級の重装備で観戦。

 高原が抜群だった。Fマリノス側のゴール裏で2点とも見たが、欧州リーグのFWだ。F・インザーギを想わせるキレの良さ。ジュビロのサッカーはTVで見ることが多いんだけど、スタジアムで見ると含蓄あるなぁ。FマリノスのDFラインっていえば、ほとんど代表クラスだと思うが、色んなことして崩しに来る。

 Fマリノスのゴール裏じゃあんまり「高原凄ぇ!」とか言えないなぁと思い、後半はジュビロ側ゴール裏へ移動。ウイルの退場劇は遠くてよくわからなかった。帰宅してからスポーツニュースで見て呆然とする。3対0。



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