蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2002年09月分 | |||||||
| 第4週 | 9/22 | 9/23 | 9/24 | 9/25 | 9/26 | 9/27 | 9/28 |
| 第5週 | 9/29 | 9/30 | |||||
第4週
| 2002/9/22(日) |
| 13時、三鷹、日光アイスバックス・石岡仁選手お見舞い。合宿中に大ケガ(骨折&じん帯)を負ったDFの石岡君が孤独なリハビリ療養生活を続けていると聞いて、マンガの本を持参する。本格的にヒマらしく大歓迎を受ける。帰るそぶりを見せると寂しそうな顔をするので結局、19時半くらいまで話し込んでしまった。実は今日は妻の誕生日なので、暗くなってきてから時計を見て気が気じゃなかった。その様子を見て、又、石岡君が目線を伏せたりするのである。 |
| 2002/9/23(月) |
| 13時半、恵比寿・松泉寺、両親と妻とでお彼岸の墓参り。両親は今度は北海道へ「宿の予約なしのぶらり旅」に出る由。 21時半入り、TBSラジオ『アクセス』出演。「ネーミング的に南アルプス市はありか、なしか」みたいな内容。スポンサーからアサヒ飲料がはずれたので、ミネラルウォーターの名前言いたい放題だった。 |
| 2002/9/24(火) |
| 原稿書きの一日。図書館で『京都発見』(梅原猛・著、新潮社)借りてくる。そのうち宮沢章夫さんを訪ねて京都へ行きたいと思う。 |
| 2002/9/25(水) |
| 原稿書きの一日。電通・山本敏博さんよりスカパーのデータマン・金子尚文君のお父さんが亡くなったと連絡を受ける。明晩がお通夜とのこと。 |
| 2002/9/26(木) |
| 何とか『オレンジページ』を書き上げ、15時、三越前、吉田歯科。それから京浜東北線で北浦和駅へ。18時、浦和斎場、金子君のお父さんお通夜。スカパーの国武さん、広瀬さん、それから三浦俊也さんに逢う。金子君は思ったよりしっかりしていた。あんなに無邪気にW杯を楽しんでた奴なのに、2002年が悲しい年になっちゃったなぁ。 |
| 2002/9/27(金) |
| 原稿書きの一日。風邪気味。朝日朝刊に「東京ドーム/暴力団に利益提供/チケットなど年間数千万」の記事。初めてリビングルームにゴキブリが出現。新築マンションだったので安心していたが、ついに来たか。 |
| 2002/9/28(土) |
| 原稿書きの一日。風邪気味。NHKハイビジョンで「横浜FM×FC東京」。物凄く悔しい負け方。アジア大会「日本×パレスチナ」は録画して真夜中に見る。 |
第5週
| 2002/9/29(日) |
| 15時6分発なすの247号にて宇都宮へ。16時、宇都宮、ホテルサンシャイン、「日光アイスバックスを応援する集い」。「乾杯のご発声」ってやつを頼まれる。マーク・A・マホン新監督はエネルギーがみなぎってるかんじでなかなか良かった。そうか、来週もう開幕だよ。会場でBucksフロントの上溝さんら何人かに「『WCJ』見てましたよ」と言われる。 |
| 2002/9/30(月) |
| 18時15分、東京ドーム、日本ハム×オリックス。日程を考えると今年のドーム観戦は今日で最後。球場外にダフ屋行為を禁じる、東京ドーム&富坂警察署連名のノボリが何本もはためいていて非常にそらぞらしい消化試合である。今日は寂しかったな。大社オーナーは結局、球団を離れ、新聞辞令では大島監督解任は決定的らしい。 ゲームもパッとしなかった。こうして鳴かず飛ばずのうちに俺たちのFsの日々は過ぎ去ってしまうのか。本当にこんなことなら上田監督時代にいっぺん優勝しておくんだった。俺たち屈折したくてこうしてるわけじゃないんだよ。思い出作りに「東京ドームの人工芝(97年〜01年の5年間使用)」を購入。3対5。 |