蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2002年09月分 | |||||||
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第3週
| 2002/9/15(日) |
| 19時、国立競技場、J1第3節・東京V×鹿島。これは名勝負だった。エジムンドのボールキープを信じて若手がガンガン駆け上がる東京Vはセカンドステージの台風の目。一方、鹿島は前節、磐田との直接対決に敗れ後がない状態。ただ昨日の浦和戦で磐田に負けがついており、この試合の意味は大きかった。 前半は東京Vペースだった。抜群のドリブラーがいると鹿島といえどこうもあわてるかと、球を持つ効用をあらためて知らされた。15分、桜井がもらったPKをエジムンドが落ち着いて決め先制。大きかったのは前半終了間際、田中の退場。田中は右サイドバックとして好調ヴェルディの象徴とも言える存在。前節、「優勝」を口にしたらしいが、将来ある身だけにここはハッキリ今日の敗因に挙げたい。 後半は鹿島の猛攻である。1人少ない東京Vは完全にペースを奪われる。それでも後半20分、カウンターからエジムンドが決めたときは、磐田に続いて鹿島も敗れるのだと思った。状況は昨日の磐田スタジアムに酷似している。ところが後半25分、本山のヘディングで鹿島が1点返すと国立の雰囲気がガラッと変わる。途中交代の長谷川がすぐに結果を出して同点。エジムンドが消えてしまった。後半43分、ごちゃごちゃのなかアウグストが決めた3点目はKOパンチと同じである。オスカー・デラホーヤ×フェルナンド・バルガスの統一王座戦に勝るとも劣らない好ファイト。見に来て良かった。2対3。 |
| 2002/9/16(月) |
| 18時、日比谷野音、GONTITIコンサート。チチ松村さんは雨男らしい。まぁ、9月の東京は梅雨の6月よりも雨ふりが多いそうなので、こういう事態も充分あり得ることだ。気温18度とかなり肌寒く、お客さんは売店で買った透明のカッパを着て震えていた。もっとも僕は最近、サッカーを見るので雨具・防寒対策は充実している。全然平気。途中から雨も上がり、愛すべきGONTITIワールドを楽しむ。打ち上げで共演者のテレサ・ブライトさんにサインをいただいた。 |
| 2002/9/17(火) |
| 16時、神田、吉田歯科。よく考えると神田駅と三越前駅の中間で、ほんの少し三越前の方が近いので「三越前、吉田歯科」と書くべきかも知れない。神田駅前には別の吉田歯科という歯医者さんがあって、JRのホームから見えるんである。 全速力で戻って原稿書き。いや、これについても言っておきたいが、僕は大概どっかへ出かけた日も帰ると原稿を書いてるんである。スポーツ観戦ばっかりで生活大丈夫なのかといぶかしく思う向きもあるかと思うが、当日記で「原稿書きの一日」「全速力で戻って原稿書き」等と書いてあるときは、本当に他になーんも記すべきことがない日か、編集者対策だ。編集者に「ちゃんとやってますよ(やろうとはしてますよ)」と信号を送っている。100パーセント、ここはチェックされるからなぁ。 初の日朝首脳会議でニュースはもちきり。「5人生存8人死亡」という、拉致問題の安否情報が初めてもたらさせる。断片的な情報ではなく、徹底した真相究明が必要だ。生存が確認された蓮池薫さんは78年、中央大学在学中に行方不明になった方で、当時20歳。僕が1年生のときの3年生の筈だ。学内で噂を聞いた気がするが、大学というところはよく人がいなくなるところなので別の人かも知れない。あれから20何年経っている。自分の仕事を何とか形にすることができた僕の20何年と、北朝鮮で過ごさざるを得なかった蓮池さんの20何年を思う。 |
| 2002/9/18(水) |
| 18時、浅草・麻鳥、文春・今泉博史氏と打ち合わせ。単行本の話と、あとは落語のことなど。 |
| 2002/9/19(木) |
| 11時上野発スーパーひたち19号にて日立へ。技能五輪で兄弟金メダルを達成した日立製作所・佐々木大輔さん健太さんのインタビュー取材。帰りがけに創業者の小平浪平氏を顕彰した小平記念館及び創業小屋を見学。 19時、四谷、大竹奈美さん由美さんと久し振りに逢う。メールをいただいたりしてようやく晩ごはんが実現したのだが、考えてみるとあれっきり加藤久さんや風間八宏さんにもお逢いしてないわけで、メシでも食えばいいようなもんだけど、やっぱり人間正直というか、美人姉妹が優先されるなぁと思う。ぶらっと寄った紀尾井町のイタリアンレストランの店員さんが『WCJ』見てたそうでびっくり。向こうも驚いていたがこっちだって驚くよ。ユベントスのファンである由。 |
| 2002/9/20(金) |
| 19時、南青山・ナタラジ、文春・照井康夫氏、今泉博史氏、それから後藤健生氏と会食。これは『偶然と必然』(文藝春秋・刊)の打ち上げと、対談本の打ち合わせを兼ねたもの。 |
| 2002/9/21(土) |
| 19時、宇都宮・店名失念、本間靖之さん送別会。日光アイスバックスの選手主催で本間さんを送る会が催された。村井忠寛選手によるとコンセプトは「転校する友達を送る集い」。僕のような外部の人間には少々、唐突に思えることだが、今季から本間さんや建部さんがBucksを離れることになった。元GMの建部さんは既に日本アイスホッケー連盟で仕事を始めている由。本間さんは10月から電通スポーツマーケティング局で新生活をスタートさせる。 |