蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2001年12月分
第3週 12/9 12/10 12/11 12/12 12/13 12/14 12/15


2001年12月 第1&2週分はこちら!



第3週

2001/12/9(日)
 14時、日光霧降アイスアリーナ、日光アイスバックス×日本製紙クレインズ。出足心配していたBucksだが、高橋淳一(#34)の負傷欠場(肩の亜脱臼等)といったハンデのなかでここまでよく健闘している。どうも過密日程で他チームがへばっている雰囲気なのに、Bucksはどんどんチームのまとまりが出来上がっているように見える。クラブチームを旗揚げして3年目、ダテに劣悪な環境をはね返し、踏んばってきたんじゃないといったところか。あと、何というか「ヘトヘトになるまで働きながら、どんどん仕事を覚えていく、和民とかの見どころのある新入社員」みたいなチーム状況である。

 もっとも試合前に偶然、村井忠寛(#8)と話す機会があって、例えば昨日の試合の3ピリ、セット2つで廻したなんて聞くと、間違いなくBucksもへばっていると思う。試合が始まって第1ピリオド、マーク・コフマン(#93)がパワープレーで先取点を奪ったんだけど、その後、10分過ぎくらいからかなあ、両チームいきなりバテてるんで驚いた。お互いにあと一歩が出ないんだ。日本リーグは厳しいリーグだと思った。

 2ピリに何と佐曽谷(クレインズ#21、初ゴールですか?)が1点返し、3ピリ、延長(オーバータイム)とお互いゆずらず、今季から採用されたゲーム・ウイニングショット(ペナルティ・ショット)戦まで勝負がもつれ込む。元NHLのロブ・ドプソン(クレインズ#33)対、日本代表ゴーリー・春名(#61)の決闘である。霧降アリ
ーナのいかれぽんち度合いは最高潮に達する。俺も明日からのスカパーは忘れて、ノドつぶすつもりで叫びつづけた。それが又、5人じゃ決着がつかず、サドンデスまで行くんだもんなあ。勝ちましたよ春名真仁が! 両ゴーリーの火花を散らした名勝負!!



2001/12/10(月)
 16時入り、スカパー『WCJ』出演。風間八宏さんをゲストにJリーグ・チャンピオンシップ第2戦をふり返り、あわせて'94年、サンフレッチェ広島優勝時のチェアマン杯割っちゃった事件(クリスタル製で3百万くらいしたらしい)の真実に迫る。巷間、「風間八宏犯人説」が流布したものだが、御本人は全面否定。

 21時過ぎ、荒川区・「Mana」オープニングデー。Fsファンの小林政弘さん御夫妻が「イタリアンとフレンチを主体とした創作料理の店」(案内ハガキより)をオープン。お祝いの品を持って駆けつける。すんごい旨かった。さすが都内の有名レストランのシェフを張ってただけのことはある。というか何故、こんな腕がありながら東京ドーム・ライトスタンドで小笠原の旗を振ってたのか。尾竹橋通り、荒木田交差点のすぐそば。この日、田代まさしが風呂場ののぞきで逮捕される。



2001/12/11(火)
 16時入り、スカパー『WCJ』出演。ドイツ人ジャーナリスト、ハンス・ギュンター・クラウトさんをゲストにドイツサッカーを考える。予選で苦しみ、ようやくプレイオフで出場を決めたドイツだが、ドローの結果はサウジアラビア、アイルランド、カメルーンと一緒のE組と、かなり恵まれた。決勝リーグでもフランス、アルゼンチン、ブラジルと当たらないで済み、苦しんだ割にはベスト8は完全に視野に入ったといえる。ただここで恵まれたことは2006年W杯ドイツ大会にとって良いことなのかどうか。

 本番が終わった後、控え室で更にお話をうかがったが、バラックについて「嫌いな選手です。彼は責任をとっていない」とおっしゃったのが印象に残る。ハンスさんは10代の頃、ユース代表のキャンプに呼ばれたプレーヤーだったが、クラマーコーチ(「日本サッカーの恩人」でもある)から最初に「才能がある人間は責任をとりなさい」と、そのことを言われたんだそうだ。才能がある人間には責任がある。これは重い言葉だ。

 帰宅してから安斎肇さんに電話レンラク。実は友人の放送作家、近澤浩和さんからW杯2次販売、6月21日、静岡の準々決勝が当たったとメールが届き、何ていい奴なんだろう、一緒に行こうと誘われていた。もちろん、滅多にあることじゃないんだから子供を連れてったらどうかと最初は固辞した私だが、再度、「こんな高いチケット、子供にはもったいない」とか何とかメールをいただき、電話で話を聞いてみると、4枚おさえたが2枚は行く人が未定だという。安斎さんに見せてやってもらえないかと頼んでしまった。『WCJ』で涙を浮かべて、チケットが当たらないとぼやいていた安斎さんにW杯を見せてあげたい。

 番組的には安斎さんがもっと困った方が面白いんだけど、近澤さんに頼めば天下御免、安斎さんの名前を書いたチケットが手に入る。僕はいよいよとなったら、スカパーも一試合くらいは僕にW杯を見せるだろうから、僕の代わりに安斎さんを入れてもらおうと考えていた。僕は『WCJ』やっただけで充分すぎるほど思い出が出来たからさ。そうしたら近澤さんのおかげで一緒に準々決勝見れるんだよ。嬉しいなあ。順当に行けばフランス×ブラジルだよ。電話の向こうで安斎さん、「ひゃあ、ひゃあ、それマジサッカーだよ? ひゃあ、すごいなあ、身体大事にしなけきゃなあ」と飛び上がっていた。この日、田代まさしが覚醒剤所持で再逮捕。



2001/12/12(水)
 16時入り、スカパー『WCJ』出演。チケット2次販売は大混乱で、番組のFAXは、皆、凄まじい内容。16時間、リダイヤル押し続けてそれでもチケットセンターに電話がつながらない人がいた。今日のゲストはソギポで行われた親善試合「韓国×アメリカ」を見てきた後藤健生さん。これは本番D組で当たる組合せであり、非常に興味深い。ワインのせいで後藤さん、かなりキャラが変わっていた。来週からワイン屋さんに水曜だけスポンサードしてもらう予定。



2001/12/13(木)
 15時入り、スカパー『WCJ』出演。今日は番組冒頭で横浜の安齋肇事務所に電話をつなぎ、喜びの声を聞いた。安齋さん、過呼吸で倒れるんじゃないかと思うくらいのテンションで物凄くおかしかった。スタジオゲストは『日本代表論』(双葉社)を書かれた永井洋一さん。文章から想像していたが、実に理路整然とした方で、終わった後の控え室でも、つい何というか授業を受けてる感じになる。専門学校でスポーツ文化論のような講座を持たれてるそうだけど、生徒さんは毎回聞き惚れるだろう。



2001/12/14(金)
 16時入り、スカパー『原博実アワー』出演。これが又、素晴らしい1時間になった。旅の話へ行く前に軽くふれるつもりでFAXの質問を紹介し、栃木の少年時代についてうかがったのだが、小学5年生で中学サッカー部に混じって練習するし、『三菱ダイヤモンドサッカー』の視聴者プレゼントは2度も当たってるし(ボールと雑誌『イレブン』)、MCとしては旅の話は捨ててこれ一本で押し切ろうと判断するのに10分必要なかった。

 前から一度うかがいたいと思ってたことである。原さんの経歴には栃木の高校生までと、早稲田&日本代表というところに大きなジャンプがある。まさか一般受験で早稲田に合格して、そして20歳の誕生日に「東伏見の早大体育会御用達の居酒屋ひょうたん」でマネージャーから代表入りを言われてたなんて。原さんの美しい青春の残像を求めて「ひょうたん」へ行こうと決心。



2001/12/15(土)
 19時、カザルスホール、「カザルスホール・アンサンブル2001」。

 ベートーヴェン:弦楽三重奏曲変ホ長調作品3
 ブラームス:ヴィオラ三重奏イ短調作品114
 ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲イ長調作品81

 今井信子(Va)、メナヘム・プレスラー(Pf)、ミハエラ・マルティン(Vn)、
 島田真千子(Vn)、フランス・ヘルメルソン(Vc)

 ああ、ホントに久し振りだ。やっぱり音楽はいいなあ。何か半年かそこらぶりくらいにサッカーから離れて、音の粒に魂を洗われるような気がしたが、休憩時間にホワイエで「パブロ・カザルスはカタルーニャの人だから、このホールは日本有数のバルサ寄りの場所だなあ」なんて考えていた。亡くなった萩元晴彦さんの写真が飾られていた。




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