蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2001年11月分 | |||||||
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第4週
| 2001/11/18(日) |
| 山本敏博さんのクルマで今季初の日光観戦。早めに着いて山六(旨いそば屋)へ寄ったら、どとほーの片倉晃さんらがいて「賭けが成立しなくなった。今日は鎌ヶ谷じゃないんですか」と言われる。鎌ヶ谷はFsのファン感謝デー、まぁだけど、ほとんどの選手のサイン持ってるしなあ。山本さんを日光に案内しなかったとしても、今年は所沢へRedcapsの試合に行ったと思う。快晴の日光は山々がくっきりと見え、素晴らしい眺め。開店前に寄ったっきりの「GO
BUCKS Cafe」も立派な店になっていた。ラテをテイクアウトして霧降へGO! 14時、日光霧降アイスアリーナ、日光アイスバックス×西武鉄道。今年はこういう「土・日でホーム&アウェイ」という面白いスケジュールが組まれている。Bucksは慣れているけど西武はチーム始まって以来の日帰り遠征じゃないか。霧降の雰囲気はさんざん山本さんに話していたけど百聞は一見に如かず、客席の傾斜、シート下のヒーターパネル、そしていかれぽんちのいかれぽんち加減、地元新聞と地元テレビ局が盛りたてるメディア環境…、いやもう、僕が初めて来たとき思ったのと同じことを彼も口にしていた。 「奇跡のようにこんな場所が存在したんですね」 栃木県の多くの人は、実はこれが日本のスポーツシーンのなかで奇跡に近いことだと気がついていない。東京からわざわざ見に来る俺たちは何も酔狂なばかりじゃないんだ。もうひとつ言うと、ここにチームがあることの持つ意味も案外見落とされがちじゃないだろうか。ここにチームがなかったらチームカナダは絶対に来ないのである。日本のトップ選手もジャーナリストもTVクルーも来ない。世界選手権へここから選手が出場しない。チームがあることは窓のような役割を持つ。いや、例えばの話、古河時代から通して考えてもファンは「ひいきのチェコ人」とか「ひいきのスウェーデン人」とか、「ひいきのカナダ人」を当たり前に持っている。プラハとかストックホルムに住んでるのじゃなしに「ひいきのチェコ人」「ひいきのスウェーデン人」がいる物凄さってはかり知れないだろう。 そしてチームがなかったら札幌オリンピック・日本選手団の旗手を務めた男が監督で来ることもなかった。「若林弟」といえば、戦後日本ホッケー界の大スターであり、サッカーに置き換えれば「釜本監督」という、いいんだか悪いんだかわからないことになる。僕はハービー若林監督の戦術論が読みたいなあ。『Number』か『アイスホッケーマガジン』で神戸達夫さんやってくれないかなあ。長いブランク空けて精神論みたいな古いホッケーになっているのか、体格のいい石岡(#24)を抜擢するところに何かヒントがあるのか。 僕の取材した範囲では、戦術については選手間で決め事を確認しているようだ。先日の新横浜の初勝利はそれが実を結んだ形。1ピリは激しいツバ競り合いで始まった。昨日同様、押しつぶしにかかる西武。が、今日のBucksはツキがあった。4分過ぎ、キルプレーのピンチで、からくもクリアしたパックを敵DF(誰だっけ?)がトラップしそこねて意味なく転倒。それをすかさずコフマン(#93)が拾ってカウンターの一撃。1対0、先取点をいただく。 2ピリは動きのある展開になった。ネジ巻いてきた西武は6:23、石岡元(#18、Bucks石岡仁の実兄)が同点のゴール。Bucksは再三、自陣に押し込まれ、ついファウルを重ね、9分過ぎに何と5対3のキルプレーになる。開幕以来、連敗していたBucksには「キルプレーの失点が多すぎる」という、はっきりした問題点があった。それが新横浜の初勝利(特に第3ピリオド)で「少しメドが立ってきた」と聞く。僕は今日のゲームのポイントはここにあったと見る。5人対3人、絶対絶命のピンチを何と守りきったんである。今のBucksには「守れる自信」が一番必要だった。と思ったらショートハンド明けの13:06、ホッとしたスキをつかれてクリス・ブライト(西武、#77)に逆転のゴールを決められる。3人で無失点だったのに5人いて失点か。いや、人間、気持ちの問題は大きい。 だけど、Bucksは「やれる」と思ったんだと思う。霧降のファンの後押しも大きい。攻撃面では第1セットのセンターにミワを起用するようになってから、攻め手が多彩になった。16:24、ミワ(#9)、17:58、マーク・コフマン(#93)のゴールで再逆転。個人的にはワンタッチしてシュートコースを変えた3点目がカッコよくてしびれた。 3ピリは5人対4人のキルプレーが連続して2回あった。だけど面白いもので、そのせいで守備意識が高まり、失点を防げた面もある。ホッケーのフォーメーションは、サッカーでいうと「中盤省略」という言い方も出来るが、本当は「全員中盤」が正しい。つまりDFだけじゃなく全員が守りに参加する形態だ。大変な運動量になるけれど、それをやればBucksはクロスゲームが作れる。GK春名が当たっていて、敵のシュートが2度もゴールポストに当たる幸運もあったけれど、今日のゲームはチームとして勝ち方が見えた重要な試合だった。3ピリを守りきり、3対2でBucks地元初白星! 試合後、アリーナで合流した栃木県在住組と、東武線で行った東京組、そして山本さんの7人で、「翠園→やしおの湯」という豪遊コース。翠園に本間マネージャーが顔を見せてくれた。あ、あと春名君もちょこっと。湯上がり状態で山本さんのボルボに乗り込み、笑いながら帰京。 |
| 2001/11/19(月) |
| 電通・山本敏博氏からFAXが届く。 「昨日、一昨日はありがとうございました。いやぁ、おもしろかったっす。『こんなことして楽しんでるやつらがいたのかぁ、くそ〜』って感じですね。 新しい『お楽しみ』ができてとてもうれしいです。 霧降のスタンドの感じも、本間マネージャーも、春名GKも、日光バックス系お店や人も、やしおの湯も、アイスホッケーの『わかる感じ』と『わからない感じ』も、どれも『しみじみとよかった』です。 が、やっぱり昨日のゲーム。『物語としての試合』はよかったなー。帰り道々考えたんですが、あれはものすごくよくできた三幕ものでしたよね。 第1ピリオドはおとぎ話。信じられないような幸運に恵まれての1得点と、これも信じられないような幸運に恵まれての無失点で前日あんなにされたカタキ役にリードとは! 第2ピリオドは大スペクタクル。同点にされて、逆転されて、同点にして逆転した。2失点で終わったのは幸運もてつだってのことでしたが、2得点は実力、というか勇気で取ったものでした。 第3ピリオドはリアリズム。どんな試合にもある多少の運はありましたが、気持(自信)とリアリズムで守り切りました。 きびしい試合を通じてチームが1幕ごとに成長していく様は一篇の物語でしたね。第3ピリオド守り抜くのに、もう『信じられない幸運』は必要なかった。やっぱりチームやプレーヤーを育てるのは『きびしい闘い』でした。中田英寿の健闘を祈らずにはいられません。 行ってよかった。やっぱり2日間行ってよかった。2日間おつきあいいただいて幸運だった。 こんなことが、まだまだ世の中にはあるのですなぁ。 また霧降には行ってみる(通う?)つもりです」 22時からスカイAで新横浜のBucks初勝利戦を見る。プロ野球ドラフト会議でFsが江尻(早大)以下、7選手を指名。 |
| 2001/11/20(火) |
| 原稿書きの一日。BSフジでW杯オセアニア南米予選プレイオフ「オーストラリア×ウルグアイ」。 |
| 2001/11/21(水) |
| 14時入り、スカパー青海放送センター、『WCWJ』収録。一睡もしないで出かけたが、どうしてそういうときは番組がうまく行くんだろう。ゲストはアデマール・ペレイラ・マリーニョさん。前半は苦しかった南米予選のブラジルの闘いをふり返り、後半、「第4回FIFA選手権フットサル日本代表監督」を務めた立場からフットサルの魅力を語っていただく。MC卓に置いてあった「2002FIFA公認ソックス」を丸めて、子供時代、リフティングやボールさばきの練習をしたという「靴下ボール」を作ってもらった。その手際が感動的。フットサルは、クルゼイロのジュニアチームにいた、マリーニョさんの少年時代につながる「サッカーのエッセンス」だった。 |
| 2001/11/22(木) |
| 原稿テンパリ。何でこう大変なんだろうと思ったら年末進行が始まっていた。泣きながら机に向かう。あと昨日、Bucksが王子製紙に勝って「2連勝」なので本間さんに電話して、机に戻るのが嫌でなかなか電話を切らない。やっと切ってもインターネット通販で買った新しいデジカメ(オリンパス、c-200Zoom)の使用説明書や保証書を熟読。何とうちが買ったカメラ屋は山形県東置賜郡高畠町大字高畠に所在する「カメラのたけだ」という店だった。 |
| 2001/11/23(金) |
| 原稿テンパリ。Redcapsのゲームを休む。勤労感謝の日に勤労するのはつらい。『Vジャンプ』から送られてきたPS2版『シーマン』の面倒を見る。 |
| 2001/11/24(土) |
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| 最近、しょちゅう出るみうらさんの新刊。手前にあるのは『スライドショーin武道館』で関係者に配られた、抜けない栓抜き「抜けま栓」。 |