蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2001年11月分 | |||||||
| 第2週 | 11/4 | 11/5 | 11/6 | 11/7 | 11/8 | 11/9 | 11/10 |
第2週
| 2001/11/4(日) |
| 17時フェイスオフ、サントリー東伏見アイスアリーナ、王子製紙×日光アイスバックス。今日も集結戦だが、昨夜遅くまで来生さんちにお邪魔して、帰ってから一本原稿書いたりしたので、昼過ぎまで寝てゆっくり家を出る。着いたら第二試合、日本製紙×コクドの2ピリだった。これが手に汗握る熱戦で、いっぺん電通・山本敏博さんとか目の肥えたサッカーファンにホッケー見てもらいたいなあと思う。 試合前に驚くべきニュースが耳に入る。マーク・コフマン(#93)欠場である。昨日、途中で引っ込んじゃって心配してたけど、内転筋らしい。これは大ピンチだ。得点力、大幅ダウン。選手層の話を昨日書いたばかりだけど、リーグの「ベスト6(FW部門)」に選ばれるコフマンを欠くとなると、何かいきなりガケっぷちに立たされた気分である。こうなったら高橋朋成(#51)と藤澤(#74)に頑張ってもらうしかない。 ところがゲームが始まってすぐ、そのガケっぷち感がチームに良い方に働いたことがわかる。第1ピリオドは0対0で互角の応酬。DFが物凄く頑張ってゲームを作っている。高橋淳一(#34)、ジャクソン・ヘイグランド(#33)、村井忠寛(#8)、石岡仁(#24)、この4人は存在感があった。昨日同様、チームとしてのシステムは見えないんだけど、Bucksは、ゲームプラン的にはDFとGK春名(#61)が耐え抜いて、3対2とか2対1とか、理想をいえば1対0でも勝てるホッケーを磨いていくしかない。コフマン欠場でその方向が明確化された気がする。 白熱したのは第2ピリオド。キルプレーで2失点したのは痛かったが、まあ、それがホッケーだからね、逆にパワープレーもらうこともあるんだから、僕は「とにかく1点返そう!」と大声をあげていた。0対3になると試合が壊れてしまう。1対2ならどう転ぶかわからない。ここが肝心のところだ。そうしたら榛澤(#41)がパワープレー中の16:36、レフトハンドで移籍初ゴール、続いて17:57、石岡のアシストで伊勢泰(#32)が復帰初ゴール。流れはBucksに傾いた。これは勝てる試合だ。パワープレーで攻めたてるなか、2ピリ終了のブザー。 3ピリは山場になった。僕に言わせればここで戦術だと思うのだが、若林監督の指示はどうだったか。結果からいうとキルプレーで2失点、特に4点目、榛澤のペナルティー4分が痛かった。その後、GK春名を上げて6人攻撃に出るが、ベンチサイドを見てて、あ、若林さんは6人攻撃の指示にボードを使わないんだなと思う。杉澤(王子、#3)にエンプティゴールを決められて2対5の負け。 終わってみれば昨日が1対5で、今日が2対5だから、点差だけ考えると似たようなものだけど、内容はかなり違う。まあ、現象面を見ると3ピリの反則が敗因ということになるけれど、つながりや意味が見えたし、観客として納得のいく試合だった。課題は「キルプレーの失点を抑え、パワープレーで得点すること」、いや、当たり前の話かも知れないんだけど、これは練習でもっと形を作れると思う。あ、あと去年までデガステッドがやってた「馬力ドリブラー」的役割は作れないかなあ。攻撃のセンが細いんだよなあ。まあ、修正していけばそのうち勝つでしょう。 今日の「ホッケーちょっといい話」は試合後、会場前広場で行われたイベントを見終わって、しばらく皆と歓談していたら、司会の「氷上の格闘技の語り部、加藤じろう」さんが、スタッフと長テーブルのあっちとこっちを持ってかたづけていたこと。加藤さん、さっきまでスカイAの実況もやった筈なのに働き者でえらいと感心した。そしたら東伏見駅ホームで加藤さんと一緒になり、初対面ながら二人で電車で帰ることに。状態としては「いちろう&じろう」である。「さっき長テーブルかたづけてましたね。えらい」と機先を制してほめる。加藤さんはてっきりどっかの局アナから独立した人だと思ってたら、全然そうじゃなくて、むしろライター&放送作家の側からアナウンサーへ向かった人なのだった。アナウンスアカデミーとか一切行ってない由。それは凄いことなんじゃないかなあ。サッカーの倉敷保雄さんも仰天するけど、ホッケーなら日本リーグ、NHL、加藤じろうさんの蓄積や取材は群を抜いている。加藤さん、パリーグやNBAもやるしなあ。多チャンネル時代に出現した才能をここに見る。 |
| 2001/11/5(月) |
| 原稿書きの一日。ワールドシリーズ第7戦はシリングとクレメンスの息づまる投手戦だった。1対1の後、元広島カープ、ソリアーノの一発でヤンキース勝ち越し、チャンネルを一瞬変えたら『笑っていいとも』はタモリがお休み。いや、それはいいけど、ランディ・ジョンソン連投させて1点差をキープしたダイヤモンドバックスが、本拠地バンクワン・ボールパーク(フェニックス)の大声援を受けてサヨナラ勝ちしてやんの。つくづく抑え投手受難のシリーズだ。3×対2。今年は色んな意味で見応えあったなあ。アリゾナ・ダイヤモンドバックス初制覇。 |
| 2001/11/6(火) |
| 原稿書きの一日。手帳にはBucksの日光開幕戦と三ツ沢の横浜FC×大分が書き込まれてるが、人間としての誠実さが決して僕に編集者を裏切るような真似をさせない。東京に木枯らし1号。 |
| 2001/11/7(水) |
| 19時入り、スカパー青海放送センター、『WCWJ』生放送。ゲストの粕谷秀樹さんとテレ朝の「日本×イタリア」戦中継を見て、すぐに本番。驚いたことにノーディレクションだった。いや、文句言ってるわけじゃなくスカパーというステーションが、普段どんだけキワキワのところで運営されてるか、面白いから書いてみてるんだが、花内さん小川さん金子君といったところが埼玉スタジアムへ行ってて、国武さんがプロ野球マスターズリーグ及び、今夜のW杯予選ブラジル戦のトラブル(実は回線だか何だかの問題で危うく絵が出せないところだった)にかかりきり、そんでもって小牧さんが放送権買っちゃった「アルジャジーラ」(中東のCNNと呼ばれるカタールの放送局。オサマ・ビンラディンの声明が出たことで一躍注目される。当然、アラビア語なんだけどスカパー24時間放送するらしいよ)の根回しに総務省や外務省駆けずりまわり、と、考えてみればどいつもこいつも皆、今晩とか、今日明日のことでてんてこ舞いなんである。もう笑ったなあ、ミーティングルーム、ガラーンとしてんだもん。この現場はホント面白いよ。 結局、メイク室のテレビで僕と間宮加愛、粕谷さんがこぢんまりと試合見て、誰も企画説明に来ないから、僕が「えーとですね、粕谷さん、今日の主旨はですね…」とか適当に話をして、いきなり本番だ。おそらくW杯近づくにつれどんどんこうなっていくだろなあ。俺がしっかりしないとこの番組、簡単にガタガタになる。まあ、幸か不幸か自分は歌い手だとしたらシンガーソングライターみたいなタイプのMCで、放送作家兼任というところがあるから、他人に曲書いてもらおうなんてアテにしないでオリジナルで勝負っす。番組はさすがに変てこりんな構成で「粕谷さんのイタリア戦総評」から「口の悪い粕谷さん(御自分の評価です)とイタリア戦を見る楽しさ」にスライドしていき、「元ロック少年・粕谷さんの挑発する美学」に言及する内容になった。 |
| 2001/11/8(木) |
| 18時半、お茶の水・日立製作所本社。『ひたち』新年号用の中村道治常務&研究開発本部長インタビュー。日立の本社ビルは初めて入ったけど、「役員専用エレベーター」があるんだね。それに乗りましたよ。 |
| 2001/11/9(金) |
| 原稿書きの一日。日刊スポーツ1面は「ブラジル弱い」。ラパスで行われたボリビア×ブラジルは3対1で終わり、W杯4回優勝のブラジルがまだ出場権を獲得できない。イングランド好きの粕谷秀樹さんは一昨日、「イングランドは今、ピークが来てる感じで、早過ぎる。本大会までの期間を考えると今、沈んでるブラジルみたいな国が怖い」って言ってたけど、そろそろいくら何でも沈みすぎじゃないか。 それから朝日朝刊(今日付社会面)に「『五輪参加、選手の自己責任で』/万一の補償を回避/スキー連盟テロを懸念/承諾書提出求める」の注目記事。全日本スキー連盟(SAJ)の堤義明会長が、テロが懸念されるソルトレーク五輪への代表選手派遣について、選手の自己責任を明記した承諾書を提出させる方針を打ち出した。まあ、自己責任といえばそりゃ自己責任だろうけど、現在のスポーツ環境で、五輪代表辞退を言い出せる選手が果たしているのか。記事によると辞退によって団体種目のチームが組めなくなった場合という想定で「そんな場合はSAJ選手登録を抹消するぐらいのペナルティーも必要だ」(堤会長)とプレッシャーさえかけてるらしい。ペナルティーって徴兵制じゃないんだから。そういう社会的な圧力の加わった判断を自己責任っていうのかなあ。 |
| 2001/11/10(土) |
| 19時、東京スタジアム、東京V×G大阪。本当はW杯会場の下見を兼ねて埼玉スタジアムへ行こうと思ってたんだけど、イタリア戦の芝の状態を見て行く気が失せる。全然、芝が根づいてない状態。すぐピッチが掘れるし、芝がまとめてはがれてしまう。昨夜から雨がふり続き、ただでさえ地面が緩んでると思う。僕は選手が手ひどいケガをするところを見たくない。 ガガンボン日記のサッカー観戦記を御覧いただくと、僕の動き方はチームを追いかけてるわけでもなく、変わってるなあと思われるだろう。実はスカパーにパスを出してもらってから「首都圏のJリーグ会場」全制覇を目論んできた。ホントは日本平も長居も行きたいけれど、「日本全国」まで広げるとサッカー会場は香川県立丸亀競技場も行かねばならず数が多過ぎる。これを「関東」で考えるとカシマや小瀬、そして笠松&ひたちなか&栃木グリーンと、デイゲームじゃないと電車で帰って来れない場所が出て来るので、「首都圏」というあいまいな言い方になった。まあ「首都圏」もサテライトまで含めると東農大浦和グラウンドとか、あけぼの山とか、色々あるんだけど、少なくともトップチームの試合を開催することは、全部見ようと思ったのだ。 それが埼玉スタジアム観戦中止で達成不可能になったわけだけど、昼頃、スポーツ紙読んでひっくり返ったのは「川崎×新潟(町田)」。何だよ町田市立陸上競技場って。JFLやるとこじゃなかったのか。ちっきしょー、13時キックオフじゃ間に合わねえ。フロンターレも雨降ってんだから客席に屋根がある等々力使えばいいじゃねえか。くっそー、京王多摩線の栗山からバスかよ。そういうわけで「首都圏」全制覇の野望は海のもくずと消え去ったのだった。個人的には埼玉スタジアムの6万倍、「伏兵、町田」が悔しい。 さて、そうなると見たいのはエジムンドだった。久々にJリーグへやって来た大物外国人。まあ、何しろ勝手に戦線離脱してリオのカーニバル見に帰国したエピソードの持ち主だけに、早く見に行かないといついなくなっちゃうかわからない。「問題児」はすぐ見に行く、というのが福岡ダイエー、ケビン・ミッチェルで学んだ忍法心得のひとつ。東京スタジアムはすんごい寒かったけど、アイスホッケー観戦用の防寒具一式持ち込んでメインスタンドに陣取る。 昼間、横浜FMが延長の末、負けているので何としても勝って、勝ち点で上に立ちたい東京V。J1残留の闘いもいよいよ大詰めに来ている。僕はハーフタイムに席を移動したりして、常にエジムンド(東京V、#36)が間近で見られるよう工夫した。横浜FMのディフェンダーもエジムンドを徹底マーク。いや、両軍、エジムンドを意識しながら試合やっている。元セレソンのFWは随所に光るキープ力を見せ、今日はむしろチャンスメークの役割を果たした。あれだけディフェンダー引きつけたらフリーになる奴、絶対生まれるよ。 3対2。東京V、明らかに「エジムンド効果」の快勝。2得点のマルキーニョス(#33)は「こんなビッグスターと2トップを組めるなんて夢のようだ」というコメントを繰り返しており、チームのムードが本当に良くなった。合流後、何と負けなし(3勝1分)。あと、アレだねえ、考えてみたら「サッカー界の巨人軍」になろうとする前、読売クラブだった頃は「ブラジル・スタイルを持ち込んだ、日本リーグの問題児&革命児」っていうのが、チームの原点だった筈。J2降格の危機に「野獣・エジムンド」引っ張ってきたことは、結果的に原点回帰の意味を持つかもなあ。 |