蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2001年10月分
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第3週

2001/10/14(日)
 マッシモ・ダゼリオをチェックアウト、テルミニ駅からフィウミチーノ空港への直行電車に乗る。12時10分、JL4010便にてローマを離れる。これがアリタリアとの共同運行便の為、実質アリタリアで機内食なかなかだった。



2001/10/15(月)
 10時前、無事帰国。成田は何と20度もあってローマに負けない暑さ。うちの奥さんが迎えに来てくれたのでさっそく荷物と長そでをクルマに放り込み、Tシャツ一枚になる。たぶん時差と、ロッテルダムであらためてひいた風邪のせいだろう、ぐったり。ケータイで午前中レンラクつきそうな編集部に電話して、昼頃帰宅。仕事のFAXを何本か送った後、夕方まで眠る。

 22時、TBS『アクセス』出演。スペシャルウィークのゲストはみうらじゅんさん。みうらさんのおかげでホントに楽だったけど、カウンドダウン・トゥデイは暗いニュースばかりだった。本番後、インターネット用の「童貞力座談会」を収録。そのうち『アクセス』のサイトで聞けるようになると思うんだけど、これは相当ですよ。



2001/10/16(火)
 10時、杉並区・堀ノ内斎場、田村奈津子さん告別式。秋晴れだった。僕も葬式やるんだったら、来てくれる人の為にこういう気持ちのいい日がいいなと思いながら、地下鉄駅から斎場まで歩く。田村さんは杉山とく子さんの本を手がけた頃からだから、もうずっとガンと闘い続けていて、その暮らしの中で詩を書き、数冊の本の編集者を務めた。僕にとってはうちの奥さんと出逢う前につき合っていた女性でもある。ここ数年もたまに会ったり、電話したりしてたんだけど、8月頃から入院してたのは知らせてくれなかった。病室で『アクセス』を聞いてたらしい。痛くてつらくて、恐かったろうなあ。雲母書房関係者やサエキけんぞうさんに会うが、これといって話がない。不人情かも知れないが、人の列の後ろで、遠まきにつっ立って、ときどき秋晴れの空を見上げていた。

もう
会えなくなった寂しい人たち
わたしの夢で
たがいの危機を知らせあってる
あせって目覚めた
起き抜けは
五年ぶりの再会者
記憶銀行の利子があふれて
夢から電話がつながっている
自分のために夢を貸せば
幽霊の彼が
陽のあたる
ポプラ並木をわたって
夢市場に
青い魚を買いにやってくる

*田村奈津子『野生のスープが煮えるまで』(花神社・刊)より「夢を貸す人」抜粋

 これはたぶん僕のことで、いやまあ本名の田村夏子で呼ばせてもらうが、夏ちゃん、俺はホントにこっちが幽霊なのかも知れないなという感じで、泣いてる人や病室での様子を力説するような人を不思議な気持ちでぼんやり見てたんだよ。わかんないことばっかりだなあ。何が何だかわかんないよなあ、ホントにさ。



2001/10/17(水)
 14時入り、スカパー青海放送センター、『WCWJ』収録。ゲストはパルマでお世話になった北川義隆さん。基本的には「えのき道中記」と題して欧州サッカー旅行のみやげ話を披露。後半、北川さんに特別ロマニスタ講座をお願いしてサッカー場でのボディーランゲージを勉強する。時差ボケと風邪で体調的には最悪。まあ、そういうときの方が本番はパワーが出るんだけど。



2001/10/18(木)
 何本か校正のFAXを見るほかは完全休養日にあてる。



2001/10/19(金)
 13時、鎌ヶ谷ファイターズ球場、コスモスリーグ・日本ハム×中日。何とか間に合った。昨日までの雨も上がって絶好の野球日和。今年は例年、沖縄で秋口やっていた若手の教育リーグ「はいさいリーグ」戦が中止となり、その代わりウエスタンのイキのいいところが関東にやって来ていたのである。日頃、ウエスタンを見る機会のない僕にはとても貴重だ。育成が主眼なので観戦料はタダ。今日は実にその最終戦であって、Fsのゲーム自体も今日で一年の見納め。

 Dは朝倉(#41)が先発なので嬉しくなった。東邦高校出身、2年めのドラ1。ところが、これが全然ストライクが入らない大乱調。リリースポイントがバラバラで、これは正田(Fs、#28)の方がずっと早く上で働きそうだと思う。Fs先発のルーキー加藤は2発を浴びて4失点。そこから正田→佐々木→伊藤→建山のリレー。Dは朝倉の後、山北→洗平→小山→小笠原。東北福祉大出身の洗平も楽しみにしていたがもうひとつ。両軍合わせて20個を超える四球(!)。

 打者では何といっても幕田(D、#35)がどうなってるかだったが、中村紀ばりの豪快な打法で楽しめた。1本レフトに球足の速いヒットを放って、いいものを見たと思う。Fsでは森本と飯山が今年の成長通りの活躍。野口(#54)が外野コンバートでレフトの守備に入った。両軍4番(Fs上田#44、D福留#1)はもうこの時期に野球やりたくなさそうな集中力欠如。7対6。



2001/10/20(土)
 15時、柏の葉公園総合競技場、J1第10節・柏×鹿島。いや、レイソル見に行くの大変だなあ。うちは柏駅までは近いんだけど、その先のアクセスが最悪。キックオフまで1時間を切った頃(それでも50分はあったと思う)、柏駅の直通バスのりばの列に並んだら係員から「キックオフ間に合いませんよ。バスの戻りが全然来ないんです。東武野田線の江戸川台駅まで行って、そこからバスに乗った方が早いんですけどねえ」と言われ、あわてて東武線に。確かにこのコースは「急がば廻れ」で、キックオフにはぎりぎり間に合った。後で聞いたら柏駅からバスに乗ってハーフタイムくらいになった人がいた。駅周辺の渋滞がとてつもないのだ。

 が、ぎりぎりだったので一計を案じて報道受付をスルーし、そのままピッチサイドへ。スタンド登ってたらキックオフ見逃したと思う。これが凄くよかった。遠くの方はよくわからないが、手前で競り合うと大迫力である。ペリマン監督の様子も間近で見られて新鮮だった。外国のサッカー場でスタンドがピッチレベルくらいから始まってるとこがあるけれど(つまり、下に更衣室とかそういうのが作られてない)、選手がカッコよく見えて絶対いいよな。

 後半はメインスタンド上段へ移動。試合は柏優勢のようだ。10分過ぎ、それまでもさんざんつっかけられてイライラしていた柳沢(鹿島、#13)がキレて一発レッドをもらう。これで柏は数的優位に立つ。ところが、試合終了直前、名良橋(#2)に右サイド上がられて決められちゃったもんなあ。後半、その前にも同じことされてんだよ。そのときははずれたけど、何で修正できないかなあ。0対1。鹿島の勝負強さが際立ったゲーム。

 で、実はその後が地獄だったんすよ。どうせ柏駅行きのバスは動きが悪いだろうと思って、江戸川台行きバスの列に並んだんだけど、これが全然駄目なんだよね。江戸川台駅に着くまで1時間半かかった。当日は1万5千人くらいの入りだったけど、それをさばく能力がないんだね。動かない列に向かって東武バスの係員が「江戸川台まで徒歩30分です。歩くと道は真っ直ぐです」なんてマイクで何度も呼びかけていた。つまり、「最寄り駅まで徒歩30分」が実質的な交通アクセスなわけで、そんなのアクセスって呼ばないでしょう。市原臨海の方が俺んちに近いんだなとしみじみ思った次第。




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