蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2001年09月分
第3週 9/9 9/10 9/11 9/12 9/13 9/14 9/15


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第3週

2001/9/9(日)
QBB(久住昌之・久住卓也)の新刊『ヨーチA』(青林堂)が届く。「第10話 描き直しってホントにヤ!の巻」など身につまされるものがある(が大笑い)。



2001/9/10(月)
 16時半、東京ドームホテル、潟Aスキー・青山和雄氏と打ち合わせ。この秋、新装刊される『アスキー・ネットJ』誌の巻末コラム連載を引き受ける。

 18時15分プレイボール、東京ドーム、日本ハム×西武。L・松井稼頭央のタイムリーでスミ1のまま淡々と試合が経過する。Lにとっては優勝争いの、落とせないゲームであり、又、左投手攻略というテーマがあった一戦だが、Fsファンにとっては小笠原道大(#2)の連続出塁記録が何よりの見どころ。3打席凡退の後、7回裏、2アウト1塁で打席が廻り、Lは当然のように橋本(#34)を出してくる。おおっと思ったのはツーナッシングに追い込まれたとき、一塁走者・奈良原がディレードスチールを敢行、アウトになって次のイニング、打ち直しをさせたのである。いや、次の一球、もしかしたら小笠原はホームランを打ったかも知れず、0対1で踏んばってる清水(#21)に対してはひどい仕打ちともいえるんだが、それが最下位の底で孤軍奮闘してきた小笠原に対するチームの気持ちだろうと想像した。もう一度、楽なカウントから勝負させてやりたい。

 そして8回裏先頭打者の小笠原が内角球をひっかけてファーストゴロ凡退。万事休すかと思ったら9回裏、面白い場面が訪れる。4番・田中幸雄がレフト線のツーベースでノーアウト2塁。足の速い森本が代走で延長戦の可能性が出てきた。面白いというのはサヨナラで勝ってしまってはダメなんである。これがプロ野球というもんじゃないだろうか。いや、例えば高校野球なら勝利だけを考えればいい。Fsも勝利を目指しているのは同じだが、9回裏はサヨナラ勝ちしないように気をつけてきっちり1点とって延長戦に突入、もう一度、小笠原を打席に立たせた上で勝ちたいんである。かつて江夏が王貞治から三振記録を奪うと豪語して、あれは300三振だったかなあ、299三振めをその王貞治から奪ってしまったのを思い出した。江夏はV9巨人の猛者を相手に、次に王が廻ってくるまで必死に三振をとらないように力投したんである。

 9回裏、走者2塁。小技のきく代打・古城が進塁打でサードに進めて1アウト3塁。ピッチャーは悪夢のサヨナラ負けが続いたL・豊田。「サヨナラ負けはこりごりの投手」と「サヨナラ勝ちより延長戦がいいなあと思ってる打線」という、非常に複雑な取り合わせだ。それなのに次の打者、中村豊が四球で歩き、サヨナラのランナーになってしまった。ここがミソ。1アウト1塁3塁。大島監督はこの場面で打者・金子にスクイズのサインを出すが、失敗。金子2ストライクに追い込まれるが、外野フライでも、ボテボテの内野ゴロでも3塁走者の森本は帰ってくるんである。パスボールやワイルドピッチでもいい。同点にすれば後の打者は上手に三振したりして10回裏、小笠原の打席がある。俺は小笠原の出塁も見たかったけど、下位打線がサヨナラ勝ちしないように気をつけてマジメな顔で凡退するのが見たかった。そうしたら金子の一打はピッチャーへのハーフライナー、1塁走者・中村が飛び出しゲッツーでゲームセット。うまくはいかないもんである。0対1。小笠原の出塁記録は60試合でストップ。



2001/9/11(火)
 16時半、東京ドームホテル、『Mac Fan』誌・滝口直樹氏、都所真理氏と打ち合わせ。12年ぶりに台風16号が関東に上陸し、午前中は暴風雨に見舞われる。都所さんから日程変更の打診をいただくが、午後は落ち着いたので予定通りお逢いした。この秋からの新連載をお引き受けする。

 18時15分プレイボール、東京ドーム、日本ハム×西武。L先発の松坂大輔(#18、昨日、美容院で髪を銀色に染める)は立ち上がり3者連続四球の大乱調。ここを叩けなかったことが後々まで祟った試合。Fs先発の金村(#16、8回1/3・3失点)はよく投げていたと思う。思えば今季の開幕投手は金村が務めたのだった。今日投げて7勝10敗の成績がチームの不振を物語っている。残り15試合か、寂しくなってきたなあ。1対3。

 帰宅してテレビをつけたらNYのワールドトレードセンターから煙が上がっていて呆然とする。旅客機による自爆テロだ。トム・クランシーの小説を連想する。ペンタゴンにも同様の自爆テロが加えられ、アメリカの中枢を狙った同時多発テロであることがわかる。大変なことになった。CNNのLIVEを中心にテレビにかじりつく。史上初めて米本土が攻撃にさらされた「戦争」じゃないか。



2001/9/12(水)
 14時入り、スカパー青海放送センター、『ワールドカップ・ウィークリージャーナル』収録。さすがの「サッカー梁山泊」も今日ばかりはアメリカの同時多発テロの話題でもちきり。「12時間生テレビ」のとき、テロが行われていたらどうなっていただろうかなどど話し合う。今日のゲストは元北朝鮮代表選手のキム・ジョンソンさん。「無冠の帝王」「幻の日本最強チーム」と呼ばれた「在日朝鮮蹴球団」から代表入りを果たしたスピードスターである。W杯に出場したアジアの参加国で、過去、とび抜けた成績を残しているのが66年イングランド大会ベスト8の北朝鮮だ。ジョンソンさんはそのとき2歳だったそうだが、国や民族の誇りとして、栄光の記憶として「W杯」や「サッカー」がどのように伝えられてきたのかを興味深くうかがう。



2001/9/13(木)
 原稿書きの一日。『特選街』のサトー君に電話して、今月のキーワードを「アンチエイジング」から「同時多発テロ」に急遽変更。

 「僕は、誤解をおそれずにいうなら2001年9月11日、本当の21世紀がやって来たんだと感じている」

 そういう話を書いた。少し風邪気味。



2001/9/14(金)
 19時キックオフ、江東区夢の島競技場、J2・第32節、横浜FC×仙台。地元の熱烈な後押しを受けてJ1昇格戦線から一歩も退けない仙台と、永井良和監督辞任で今日から阪倉裕二ヘッドコーチが指揮をとる横浜FC。江東夢の島競技場はいつもクルマで横を通るだけだったが、こんなに家からアクセスのいい競技場でJリーグの熱戦が見られるのは嬉しい。スタンドを改築すれば下町の拠点になる可能性があると思った。何しろ駅(京葉線&有楽町線、新木場駅)からバスなしだよ。駅から徒歩で行けるサッカー場って首都圏にも少ないからなあ。

 スタンドの位置が低かったので球際、特に仙台のエース、マルコス(#9)のヘディングを楽しみにしていたら―僕は席が空いてるんじゃないかと思ってメインスタンド、アウェイのベガルタ側に座ってたんだけど―ゴールシーンがことごとく逆側なんだよ。横浜FC側に座ってたら7本もゴールが見られたのについてない。特に仙台の2点め、飯尾(#17)が上げてマルコスがヘディングで決めたやつなんて近くで見たかった。試合は前半、仙台の猛攻で4対0のワンサイド。ベカルタサポーターもハーフタイムはホクホク顔だったが、後半、ディフェンダーの足が止まって別のチームになった。実に3点の猛追を受ける。4対3で結果的に逃げ切るが、試合終了の笛が鳴ってアゴを出してうずくまるのは勝った仙台の選手だった。しかし、何でこんな点の入る試合でこっち側のゴールに一本も決まらんかなあ。スカパーで聞いたセルジオ越後さんの言い方でいうと「こっちで見ててもダメだよ、この試合のゴール向こうだよ」現象。早めに見切って席を移動するサッカー忍法が必要だったか。



2001/9/15(土)
 19時キックオフ、柏サッカー場、J1第5節・柏×G大阪。いや、昨日も近かったけど柏は近いなあ。30分くらいで駅まで着いてしまう。ただそこからのバスがぎゅうぎゅう詰めの上、渋滞で動かなくてすんごい苦痛だった。バスは行きも帰りもつま先立ちみたいな状態で足が動かせず、ちょっと泣きが入るかんじ。

 もうしばらくすると柏の葉に本拠を移すそうだけど、柏サッカー場はギュッと空間が締まってるイメージでとても良かった。あと、これは日立ということなのか照明が物凄く明るい。ステージっぽい雰囲気が効果として出来上がる。どういう事情があるか知らないが、陸上トラックつきの競技場に引っ越さなくていいんじゃないかなあ。首都圏有数の素晴らしいサッカー場だ。

 試合は「HITACHI」×「Panasonic」の電気屋さんダービー。開始早々、うっかり失点したものが決勝点となり、柏は痛い星を落とした。トータルで攻め続けていたのは柏。ガンバのディフェンダーも頑張ったが、「運がなかった気がする」(ペリマン監督)という印象も強い。北嶋(#9)に冴えがなかった。あと薩川(#3)って「用心棒の先生」みたいでいいなあ。




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