蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2001年08月分 | |||||||
| 第5週 | 8/26 | 8/27 | 8/28 | 8/29 | 8/30 | 8/31 | |
第5週
| 2001/8/26(日) |
| 19時4分キックオフ、横浜市三ツ沢公園球技場、J2第28節・横浜FC×甲府。三ツ沢はすんごい昔、一度来たことがある。当時は川崎市民なのに遠い不便なとこだなと思ったけれど、台東区民の今は近くて最高じゃないかと思う。勢いがついてるからな。夏休み最後の横浜FCホームゲーム。風がわたって涼しい。観衆は2571人ということだったが、もっと入っていいんじゃないかなあ。横浜国際と比べたら三ツ沢の方が百倍サッカー感があるでしょう。W杯開催を控えた巨大スタジアム時代の今こそ西が丘、大宮公園、三ツ沢を大事にしなきゃ駄目ですよ。 J2最下位の甲府の試合を初めて見るのでどんなレベルかなあと思ったんだけど、始まってすぐこれはいい勝負になるぞと思う。前半8分、横浜FC神野(#26)の先制ゴールが決まるが、我慢すれば勝てるんじゃないかと考えた。総合力では明らかに横浜FCが一枚上である。だけど両軍共にパスミス、トラップミスが多くて中盤で簡単にボールを奪われ点に結びつかない。偶然決まってしまえばアレだけど、流れ的にはこのまま膠着して後半ギリギリに同点&決勝点というのが、弱い方が勝つパターンだ。あんまり早く反撃しないで死んだふりをしたらどうなんだろう。 そうしたらほぼイメージ通りの試合展開になった。GK吾妻(甲府、#1)がファインセーブ連発で1失点のまま守りきり、後半30分、アレックス(#11)のゴールで同点。どちらもミスが多いんだけど、横浜FCがヨコに展開しようとしてボールを奪われるのに対し、甲府はタテに通そうと試み続けたのが実った。こうなると浮き足立つ横浜FCと勢いにのる甲府では力の差は消える。延長Vゴールはどっちに転ぶか興味津々だったが、太田(甲府、#15)が決めてチームの連敗を11で止めた。2対1。ルイス監督とび上がって喜んでましたよ。 |
| 2001/8/27(月) |
| 家を出る直前までGAORAのFs戦中継に喰い入る。西浦の1号2ランで5対6に追いついたところでタイムアップ。実松のタイムリーエラーが痛かった。実松には猛省を促すが、まあ、そんなこともあるだろうとも思う。実松は我慢して育てるしかない。その価値のあるキャッチャーだ。小笠原道大(#2)が17試合連続得点のプロ野球記録を達成。実に51年ぶり、呉昌征(毎日)の記録を塗り替えた。得点というのは出塁して本塁に生還することを意味するから、これは小笠原の充実ぶりを示すと同時にチームの達成でもある。連続試合出塁も50になり、65年の王貞治に並んだ。イチローの日本記録(69試合)まであと19。首位打者のタイトル獲得といっしょに狙って欲しい。 22時、TBSラジオ『アクセス』出演。スペシャルウィークの特別ゲストにいとうせいこう。いとう君のツッコミ芸は相変わらず的確。TOKYO-FM『FAX YOU』以来、ラジオやってないらしいんだけど、何で世間はあんなあからさまに才能ある人を放っとくのか。メディア全般景気悪いんだから、ああいう男のとこに金と人材をどんどん投入すべきだ。僕からすると、いとう君という人は、プロ入りして、うわ、こんな凄いのがいるんだとびっくりして野手に転向を決めたきっかけみたいな人物だ。野手は失敗しても次の打席で打てばいいからねえ。実際問題、今は滅多に逢わないから仕事の関係はないんだけど、気持ちの上ではまだ外野を守ってるつもりでいる。顔を見たら「打たせていこうぜ」と声をかけたいし、こっちに飛んできたら全部アウトにしてやるつもりだ。 |
| 2001/8/28(火) |
| 原稿書きの一日。本当は東京ドームか市原臨海へ行きたいのだが、泣く泣く机に向かう。直前になってしまって恐縮だけど9月1日深夜から2日昼頃まで、それから9月5日深夜から6日昼頃までスカパーで「12時間テレビ×2」という途方もない企画が持ち上がっていて僕はそれに出演するんである。実はこの2晩にW杯予選ヨーロッパラウンドと南米ラウンドで出場国がついに名乗りを上げる。いや、スカパーはチャンネルが沢山あるから生中継は当然、どの試合も出してるんだが、それ以外に選挙特番のような形でオールナイトの生番組やりたいらしいんだ。「12時間×2」っていってるけど6日は13時間だって。大雑把ですよ。『ワールドカップ・ウィークリージャーナル』やってくれてる制作会社エクスプレスはあまりのことに逃げちまいました。実は俺、そこで何やらされるのかあんまりわかってなくて、最初は総合司会みたいな話だったんだけど、倉敷さんと粕谷さんが入るらしいからヘラヘラしてりゃいいのかも知れない。いずれにしてもそんなに長く番組に出て死んでしまう経験っていうのも初めてだ。 |
| 2001/8/29(水) |
| 14時入り、スカパー青海放送センター、『ワールドカップ・ウィークリージャーナル』収録。話題の新刊『Eat foot』(双葉社)の西部謙司さんがゲスト。今日の大きな動きは西部さんが番組史上初めて戦術ボードを使用して「サッカー退歩論」を語ったこと。いや、僕もいつかは使うだろうとは思ってたんだけど、もう何ヶ月もそういうのなしで奇跡的に運営して来たんで、今日はまるでサッカー番組やってるみたいだと感動した。帰宅してからその『Eat foot』の朝日短評を執筆。 |

| 2001/8/30(木) |
| 18時半、台東区のワインレストランにて元日本ハム投手コーチの三浦政基さん御夫妻と会食。三浦さんは昨オフ退団された後、台湾プロ野球の和信ホエールズで臨時コーチを務められ、この夏、帰国したばかり。台湾球界の話を興味深くうかがう。何でもヘッドコーチの就任要請があったそうなのだが、今年から始まるマスターズ・リーグで投げたい一心で帰国され、目下トレーニングの日々とか。ちなみにワインレストランは同じチームに所属が決まった尾崎行雄氏のお店。 |
| 2001/8/31(金) |
| 10時半、中央区立中央会館、火曜会ラジオ研修会。「ラジオ的とインターネット的」という題で講演。火曜会は地方民間放送共同制作協議会だそうで、つまり話を聞いてくれたのは日本全国のラジオ制作の現場にいるディレクターとかアナウンサーといった人たち。AM・KOBEの池田奈月さんという人が面白い質問をしてくれて大変有難かった。でも、何故金曜にやるんだろう。 |