蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2001年08月分
第2週 8/5 8/6 8/7 8/8 8/9 8/10 8/11


2001年8月 第1週分はこちら!


第2週

2001/8/5(日)
 10時、善福寺川緑地公園小野球場、ソフトボール集結戦。渡辺”ジャスミン”真理(#9)がホントに上手くなった。善福寺は外野が狭くて守りやすいので、あれだけやってくれたら守備が完全に計算できる。Redcapsは第2試合、東京ボルメッツ戦を4対15で落とし、第3試合、埼京スティーラーズ戦を10対6で勝利する。大差のついた第2試合も初回エンジンがかからないうちにいきなり9失点したことを別とすれば、カットプレーも向上し、互角の展開だった。僕はこの日、「4人目の外野手=ショートフィルダー」として出場したが、身体能力はそれほどなくても、決め事を守れば「4バック」にしたり「3バック+1ボランチ」にしたり、ホント、サッカーみたいに守れることがわかって面白かった。初回大量失点については別の思案が必要。ぼんやり試合の順番を待って、そのまま何となく始めてしまうからああなっちゃうんだよね。「アドレナリン上げてスタートする工夫」と「連打されたとき間をとる工夫」だなあ。



2001/8/6(月)
 朝日朝刊(スポーツ面)に「20歳実松・森本はつらつ」の記事。昨日のH戦で大活躍の98年ドラフト同期生コンビを大プッシュ。実松は3号4号を連発、森本は初の猛打賞。わっはっはっは。俺の話に嘘はないだろう。ちゃんとプロセスを追って見てるからさあ。思えば今年の1月、この2人に成人祝(日本酒)届けに鎌ヶ谷行ったっけなあ。

21時半、赤坂の虎屋本店前で当HP管理人ごくうを拾って、TBS入り。何か最近、ごくうに見学されてばかりである。駐車場にアルファを駐めて局舎に入ると、1階フロントが『世界陸上』の本番中で通れない。警備員さんに「でも、こっちも10時から生なんですよ」とか交渉して、先方の反応で気づいたが、どうも、他人から見ると僕はモヒカンのロッカーについて来たマネージャーの状態らしい。22時から『アクセス』出演。放送終了後、小島アナ&スタッフがトップスのチョコレートケーキで一週早い誕生祝いをしてくれる。

【参考:管理人の「アクセス」見学記】



2001/8/7(火)
 原稿書きの一日。『CG』からゴルフワゴンEが帰ってくる。「我が家におけるイタリア年」特別企画無事終了。アルファと過ごした10日あまり、本当に楽しかった。



2001/8/8(水)
 14時入り、スカパー青海放送センター、『ワールドカップ・ウィークリージャーナル』収録。ゲストは文化放送でもお世話になった玉木正之さん。番組企画としては「野球馬鹿、ホッケーいかれぽんちのえのきどがどのくらいサッカーに入れ込んでいるか、以前からの知り合い、玉木さんに見てもらう」というものだったんだけど、今日の玉木さんは底意地悪かった。話受けてくれないんだもん。あんなことされたら俺はサッカー論は言うに及ばず、野球論でも台東区論でも榎戸家論でも何にもうまくは話せない。まあ、そのしどろもどろの感じですか本日の見どころは。

だけど、考えたら話せるんだろうなあ玉木さんは。NHKの人間講座で毎週カメラに向かって30分話してたんだもんなあ。出来は先週の賀川浩さんの回よりひどいと思うけど、先週と違ってあまり反省材料がない。気持ちよくKO喰らって、風呂入って、おつかれさん。

と、ここまで書いて自分の立ち位置に関して今日は非常に重要な会話が交わされたことに気づく。サッカーの番組なので深入りしなかったんだけど、玉木さんは「これからはサッカーの時代で、野球は亡びる」と言ったんである。再放送を見ればわかると思うけど僕は困った。玉木さんは色んなところで野球滅亡論を書いているから、まあ別に相変わらずの玉木節なんだけど、正直に言って僕は野球に滅亡して欲しくなんかない。

僕がスカパーの番組を引き受けたのは別に時代の趨勢が野球からサッカーに向かってるからでも、スポーツ文化の正しい流れがそこにあるからでもなく、自分の知らないことを知りたかったからだ。「×野球→○サッカー」ではなく「○野球&○サッカー」。あと番組を通して、それから色んなサッカー競技場に通って、ああ、これはホントにいいなあと傾斜していった理由は、自分が野球にのめり込んでいるように人生のバランスを崩してサッカーにコミットしている人がいたからだ。ホッケーのときもそうだった。客席に俺みたいな奴がいる。

後藤健生さんやスカパー山本敏博さんから何度も聞いたJリーグ旗上げ以前の「サッカー冬の時代」にも客席には、閑散とした東京ドームに座る俺とよく似た人がいた。俺は結局のところ、スポーツ文化がどうのこうのよりスタジアムにいるのが好きだ。これは本質的な話だと思う。イデオロギーに合わないからとか、考え方が違うからといって、僕はジャンルを見捨てる気はないし、球団を見捨てる気もない。冬の時代、これはいかんなあと思ったろうが、後藤健生、山本敏博、ジャンルを見捨てなかったじゃないか。色んなファン・サイトで大文句を言ってるJリーグ・サポーターの誰ひとり「こんなチーム滅亡してしまえ」とは書き込まないじゃないか。っていうかそんな発想どこを振っても出て来ないよ。僕の位置は明確になった。「いつもスタジアムにいる人」として「いつもスタジアムにいる人」とつながってゆく。そういう風にサッカーとつき合っていく。

【スカパーの数枚、写真撮って来ました。ご覧ください】



2001/8/9(木)
 原稿書きの一日。スポーツ・アイESPNで、だいぶ前に行われたカジノカップ・デラバーレ決勝「パルマ×トリノ」を見る。22分半ハーフのショートゲーム形式ながら中田英寿がフル出場。昨夜のWOWOW(チャンピオンズリーグ予選「パルマ×リール」)と比較しながら見入ってしまった。あとNHKでやってる『人類、月に立つ』大変面白い。



2001/8/10(金)
 14時、静岡県富士市・富士総合運動公園陸上競技場、「2001SBSカップ国際ユースサッカー」。原稿が仕上がってしまったので一睡もせずに東海道線に飛び乗る。SBSカップはサッカー関連サイトで噂を知り、是非、一度行きたいと思っていた。今年で25回を迎える国際ユース大会である。これまでバイエルン・ミュンヘンとかレアル・マドリードとかユベントスとかフェイエノールト、アヤックスとか、あるいはグレミオ、ボタフォゴ、ヴァスコ・ダ・ガマとか、とてつもないユースチームを呼んでいるんである。若き日のカフーやクライファート、アネルカがプレーしている。迎え撃つ日本のユース勢からは中山雅史、三浦知良、名波浩、中田英寿、高原直泰、小野伸二といったスターがこれ又、輩出。

この日は第1試合・静岡ユース×バレンシア、第2試合・U-18日本代表×パルメイラスという、素晴らしいカードなんであった。内容もバレンシアは実にスペインらしい攻撃的なサッカー(#8リカルド・ベネージャ・アギラ抜群!)で点の取り合いを見せ、パルメイラスは完全に見下した状態(DF3人集めといて、ワンフェイントで3人
抜いたりするんだよ)でやり放題やってくれた。第1試合は2対3、第2試合は1対4。残念だったのはパルメイラスの選手がパンフレットでは背番号と名前のつき合わせができなかったこと。続けて2試合見たんでスペインとブラジルのパスのリズムやタッチの違いが如実にわかり、勉強になった。



2001/8/11(土)
 14時、新宿区・コガネ虫スタジオ、イラストレーターのスージー甘金氏、六曜社の宮崎雅子氏と打ち合わせ。『TIS年鑑'01〜'02』(六曜社刊、秋頃出版予定)の「TIS選抜・誌上ヌードデッサン大会」コメント収録。腕ききのTIS選抜イラストレーターですけん、本来、僕なんかがコメントのしようがないんだけど、まあ、お楽しみ企画ということなので愉快にやってみました。

18時半、東京スタジアム、J1第1節・東京×柏。東京スタジアムに初めて行く。京王線の特急が飛田給に臨時停車するのでびっくり。この辺は大学時代、友達の下宿の多かったところで、相当さえない駅だったんだけど、駅舎も立派になってて泣けてくる。FC東京は安定して2万人動員を続けている。この日もブラジル・ナイト&花火大会とファンサービスが盛り沢山。スタジアムは小雨模様だったので観客席の屋根が有難かったが、あの陸上コース作ろうとしてやめたという半端なスペースがもったいないなあ。試合はFC東京がロスタイムの失点で、ほぼ手に入れかけていた勝利をフイにした展開。残り30秒くらいだったんじゃないか。2対2の引き分け。




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