蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2001年07月分
第3週 7/15 7/16 7/17 7/18 7/19 7/20 7/21


2001年7月 第2週分はこちら!


第3週

2001/7/15(日)
 

「GO BUCKS CAFE」0号Tシャツ。
つまり、見本刷りのものをいただいた。



2001/7/16(月)
 15時、東京ドームホテル・コーヒーラウンジ、『CG』事業企画室・河村昭氏、江木亜紀子氏と打ち合わせ。8月12日、パシフィコ横浜にて行われる「CG NAVI DAY」のトークイベントに何と『NAVI』陣営ではなく『CG』陣営のゲストとしてかり出されることになった。この企画はイタリア年を記念した「ムゼオ・アルファ・ロメオ」の一環として行われる。でんぐり返るのはトークショーで御一緒するのが小林彰太郎御大と、加藤哲也『CG』編集長らしいんだな。大丈夫でしょうか。当日は11時〜12時半が出番の予定。

16時、同コーヒーラウンジ、『週刊WEBSTAR-S.COM』(小学館)・剱木くみ子氏のインタビューを受ける。剱木さんは「けんのき」と読む珍しい名字の人でフリーのライター。普段はTBSやLFでラジオの放送作家をやってるそうだった。クリエイター志望の若い人に向けた内容になった。

18時15分プレイボール、東京ドーム、日本ハム×西武。今日から1軍に上がった森本稀哲(#46)が7番・ライトでスタメン出場。先週、ファームで見た「抜群の状態」が上でどう見えるか。自分の目を試す意味でも面白いゲームだった。結果は4打数2安打、凡退に終わった2打席めのライトライナーも実にいい当たりで、これが実に1軍のなかでもダントツに状態が良く見えたんである。送りバントをきっちり決める等、状況に応じた仕事ぶりも、これまで余裕のなかった「体験1軍合流」とは全然違う。はっきりレギュラーを獲る時期に来たと再確認。

試合は9回裏、オバンドーの2ランで8対8の同点に追いつくも、10回、井場(#14)が清水(L、#44)にタイムリー・2ベースを喰らい8対9の負け。全体を通してFsは2アウトからの失点が多かった。こういうところが肝心なんだよな。まあ、だけど森本稀哲の本当の勝負が今日から始まった。俺は将来、「ミスター・ファイターズ」を張る器と見る。後半戦が楽しみだ。



2001/7/17(火)
 原稿書きの一日。NTT東日本宣伝部からいただいた「N響コンサート」(7月27日、18時開場/19時開演、東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアル)、都合が悪くなったので誰か行きませんか。S席をペアで、もちろん差し上げます。曲目はモーツアルト・歌劇「イドメネオ」序曲、モーツアルト・ヴァイオリン協奏曲4番、ブラームス・交響曲4番。指揮はキンボー・イシイ・エトウ、ヴァイオリンは川田知子。1階10列だから素晴らしい席だよ。弦の音の粒まで聴こえると思う。

☆チケットプレゼント、締め切りました。多数の御応募ありごとうございました!





2001/7/18(水)
 14時入り、スカパー青海放送センター、『ワールドカップ・ウィークリージャーナル』収録。スポーツ新聞等ではまだ全然騒がれていない(おそらく理解されていない)ことなんだけど、クラブ・チーム間の国際移籍のルールが激変しようとしている。もうすぐEU内で施行される「ボスマン2」のもたらす意味を評論家の大住良之さん、そして稲本選手(ガンバ大阪→アーセナル)の代理人を務めた田邊伸明さんに訊く。巨額のテレビマネーがここ5年、10年くらいでサッカークラブと選手の関係を根こそぎ変えつつある。もはやかつてイメージされた「保有権」はクラブになく、選手は一般の労働者が会社を替わるような形で別のクラブへ移籍できることになる。おそらく今世紀のサッカーは「ボスマン2」をきっかけにパワーバランスを崩すだろう。Jリーグへの影響も予測できないくらい大きい。

 収録後、スカパー山本敏博氏と会食、「で、実際問題、W杯の放映権料いくらだったの?」とか尋ねた後、クルマで文化放送ライオンズナイター聴きながら日暮里・絵理花へ。初対決となった「松坂大輔vs森本稀哲」をビデオで全打席見せてもらう。2打席連続の送りバント失敗が痛い。まあ、今日は稀哲でゲームを失った(2対3)と言っていいだろう。この対決はこれから何年も続く大河ドラマなので、色んなことがあるに違いない。初対決はヒット1本と2盗塁があったけれど、トータルでは稀哲に眠れないくらいの悔しさが残ったということだ。プロ野球では先行するスーパースターを同級生が常に意識して追いかけるという図式が繰り返されていて、まあ有名なのは田淵幸一の代である。今日の対決は全打席、見とかなきゃいけないものだった。





2001/7/19(木)
 原稿書きの一日。ちょっと夏バテ気味なので夕方までソファでごろごろして過ごす。インターネット・ショッピングで購入したドリーム・キャストがついに届く。



2001/7/20(金)
 13時半プレイボール、東京ドーム、「コナミ・フレッシュオールスター2001」。このところ地方開催が多かったフレッシュオールスター、今年は東京ドームなので「真っ赤な飯山Tシャツ」を入手して指折り楽しみにしていた。Fsは、その飯山裕志(#57)、そして高橋信二(#62)、井場友和(#14)の3選手が出場。高橋信二と井場は今季1軍でも活躍しているが、飯山は一度も上の経験がない叩き上げの選手。コツコツと努力を積み重ねてきた姿は鎌ヶ谷に沢山のファンを作り、有志がこの日の為に応援Tシャツを製作したのであった。

高橋信二がオール・イースタンの5番DH、飯山が8番ショート(途中からサード)でフル出場。さすが高田監督(G)、元Fsの監督も務めただけのことはある心憎い采配。井場も最後の最後、抑えの切り札として使ってくれてホントに嬉しい起用だった。高橋が5打数2安打1打点、飯山が3打数2安打2打点の「優秀選手賞」、井場が前の打席、ホームランの蔵本(D、#57)を三球三振でゲームセットと、又、3人とも素晴らしい活躍だった。

普段、スカイAの鳴尾浜球場・阪神戦中継くらいしかウエスタン・リーグを見る機会のない僕には、生で見る中里(D、#28)や山本(Bu)、それから高見沢(Sだよね、サーパス、#58)、吉本(H、#5)は大変、貴重だった。何かある意味、本チャンのオールスターよりグッと来るものがある。あ、赤星(T、#53)の球際の強さも感動したなあ。10対4、オール・イースタンの快勝。最優秀選手は里崎(M、#22)。



2001/7/21(土)
 19時キックオフ、市原臨海競技場、J1第15節・市原×セレッソ大阪。東京スタジアムではストイコビッチのラストゲームが行われていたが、僕が選んだカードは臨海。いや、何か市原が気になるんすよ。それにこのカードはゲームシャツの胸のところを見ると「古河電工vs日本ハム」という、何というか「俺ダービー」の構造になっている。

この試合は今季、快進撃を続けた市原の組織サッカーが、夏場を迎え維持できるのかという点に注目した。先週、駒場での浦和戦は小野を後押しするスタジアムの雰囲気みたいな事柄もあるが、蒸し暑さも考えなきゃいけないポイントだと思う。型崩れしてゆるゆるになって見えた。これがどうなっているか。対するセレッソはノ・ジュンユン(#10)らの事実上の解雇が波紋を投げており、決して良いムードとはいえない。

判定にアヤのあった試合である。後半44分、杉本(セレッソ、#24)のゴールで3対2に追い上げられ、市原はかなりアップアップの状態だった。ロスタイムに入り、市原のMFムイチン(#11)がよりにもよってセレッソ・副島監督の目の前(市原左サイド)でハンド。その判定がノーファウルだったもんだから副島さん大激怒&猛抗議の末、退席処分である。この土壇場、わさわさしてる間にチェ・ヨンス(#10)が決定的な4点目。おそらく副島さんは故意のハンドというアピールだったろう。セレッソ側から見ればムイチンは2枚めの警告で退場となり、ロスタイムの4分はグッと有利になる筈だった。

ともあれ4対2で市原10勝め。大柴、チェ・ヨンスのコンビは素晴らしかった。そして清水が日本平で負けた為、過去最高の2位で第1ステージが終了。ベルデニック監督は「奇跡に近い成績」のコメント、ロッカールームではシャンパンかけまで行われたらしい。

全然関係のない話だが、教科書問題で日韓関係が悪化しているこの時期、臨海のサッカーファンはまったく別の地平に立っていたことを報告させてもらおう。チェ・ヨンスは市原最高のヒーローである。試合終了後もサポーターはずっと彼の名を呼んでいた。一方、セレッソのサポーター席には「ノ・ジュンユン夢をありがとう」の横断幕が掲げられ、日本サッカー界に多大な貢献をしたヒーローにリスペクトを伝えていた。明日の新聞は「ピクシー」と「稲本」と「小野」だろう。それも大切なことだけど、それが全てではない。

P.S. N響コンサートチケット・プレゼント、当選されたのは松戸市の「まっきー」さんです。もうポストに投函しました。楽しんできて下さい。横浜市の「きんまち」さん他、多数の御応募、有難う存じます。




2001年7月第4週分へ

ガガンボン日記へ

TOPページへ