蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2001年06月分
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第5週

2001/6/24(日)
 16時キックオフ、埼玉県営大宮公園サッカー場、J2第16節・大宮×湘南。いや、ホントに大宮公園サッカー場は素晴らしい。ここでたまの週末、のんびりJ2の試合見ていられたら最高だなあと思うが、大宮強くてJ1昇格が現実的になってきた。そうなるとW杯の新スタジアムがホームになるのか。ここで見るとサッカーのリアリティが全然違う。湘南は以前、等々力で見たことあったけど、目の前でパラシオス(#4)見たりすんのは最高だよ。

 3対0で大宮首位キープ。戦列復帰のエース、バルデス(#9、2点目をゲット)よりも翌日の日刊スポーツで大きく書かれていたのは、試合開始早々、秒殺ゴールを決めたバレー(#30)。この選手は年俸200万円、Jリーグで最も安い外国人なんである。寮生活で生活費はかからないとはいえ、そのほとんどをブラジルの家族へ仕送りしている19才。「マン・オブ・ザ・マッチ」商品の自転車をとび上がるほど喜んでいた。



2001/6/25(月)
 22時、TBSラジオ『アクセス』出演。番組のニュースランキングに都議選のことが全然入んなかったのが印象に残る。実際、つまんなかったしなあ。これ、夏の参院選盛り上がるのかねえ。ゲリラ的に開始した「ファイターズ・コーナー」では残念ながらFsの勝利をオンエアできなかったけど、その代わり近鉄首位という、パリーグファンにはたまらない話題をお伝えできた。今、「スパイ疑惑」やなんかに腹たてながら野球やってるバファローズは魅力にあふれている。僕はかねての持論でF×Bu戦、あるいはBu×F戦をこそ球団営業サイドは売り出すべきだと思う。藤井寺時代、分が悪かった因縁から始まってFsが優勝をあと一歩で逃したときは必ずBuが一役買っている。東京×大阪という図式もいいし、Fsは「他はともかくとしてBuにだけは何が何でも負けられない」というギミックを打ち出すべきだ。LのライバルはH、FのライバルはBu、こういうのがあってこそ楽しみが増す。



2001/6/26(火)
 18時15分プレイボール、東京ドーム、日本ハム×大阪近鉄。Fsが金村→佐々木→井場、Buが高村→門倉→盛田→柴田→岡本→大塚と継投して締まったクロスゲームになった。結局、一歩及ばず1対2で敗れたが、9回裏、最後のバッターまで期待をもたせる(2塁に同点のランナー出塁)、ちゃんと野球になってる試合だったと思う。今日の2失点は納得できる。土壇場で制球を乱した佐々木も、満塁で吉岡にクリーンヒット行かれた井場も、そんなのは結果だから経験を積んで大きくなってくれればいい。残念だったのは金子の送りバント失敗(5回)と代打島田の見逃し三振(7回)だな。ちゃんと野球になってる試合はちゃんと野球やんないとなかなか勝てないよ。
まあ、だけど明日は16対7くらいで首位近鉄に大勝するんじゃないかな。



2001/6/27(水)
 14時入り、スカパー青海放送センター、『ワールドカップ・ウィークリージャーナル』収録。当HPの管理人、ごくうが見学にやって来る。さすがにピンクのモヒカン男にスタッフも大騒ぎ。サッカー関係者の話を総合すると、ごくうはもしチケット当たってもフーリガンと判断されてW杯の会場には入れないようだ。まあ、幸か不幸かチケット申し込み自体していないわけだが。

 番組的には非常に安定した回で、アルゼンチンから電話出演の原博実さん、ドイツ時代のエピソードを語ってくれた風間八宏さん、ともにリラックスして番組の雰囲気を楽しんでくれたと思う。「これまでなかったサッカー番組」という方針が実現しつつある。ハガキ等のリアクションに、この方針、このやり方のファンがつき始めた感触あり。

【参考:管理人のスカパー見学記】



2001/6/28(木)
 原稿書きの一日。7月のケンブリッジ取材が10月か11月に延期になり、おかげでプレミアリーグ見て来れそうになってきた。たぶんチェルシーかウェストハムの試合だなあ。朝日朝刊(国際面)に「サッカー大会暗雲」の見出し。来月、コロンビアで開催が予定されている南米選手権(コパ・アメリカ)が想像通りというか、非常に心配なことになってきた。何しろコロンビアだ。「同国のサッカー連盟副会長が25日夜、武装集団に誘拐された。爆弾や脅迫事件が続発しており、政府は対策に頭を痛めている」(朝日)ということである。サッカー放映権を強気に買いまくってるスカパー山本敏博氏が「今回はヤバイよ、WOWOWのスタッフのこと、本気で心配している」とライバルの安否を気づかってしまうほどの情勢だ。連盟副会長の誘拐は目下、「日本人誘拐事件も起こしている左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)の犯行とみられている」(朝日)ので、独占放映のWOWOWは冗談じゃなく命がけである。あそこは右派民兵や地下組織も怖いしなあ。



2001/6/29(金)
 15時、浅草ビューホテル・コーヒーラウンジ、下野新聞社出版部長、田中義晴氏と打ち合わせ。いよいよ下野新聞が本腰を入れてBucksをサポートしてくれるらしい。手始めに『がんばれアイスバックス! −再生への軌跡−』(仮題/カラーグラビア誌を予定)の緊急出版だ。田中さんは台割りを持って僕んとこへ原稿依頼に来たのだが、全体を見て肝心の選手をプッシュするページがまったく足りないので、代わりに僕が聞き出す役をやるから選手の座談会をやらせてくれとページをぶんどる。いや、手間は家で応援エッセイ書いてFAXでもした方が楽だけど、こういうのはファンが読んで納得する作りにしないとダメでしょう。

 19時キックオフ、平塚競技場、J2第17節、湘南×水戸。駅前からバスに乗り込むと車窓から七夕飾りが準備されてるところが見えて嬉しくなる。緑あふれる総合公園の真ん中、野球の平塚球場に並んで、ついにやって来た「中田英寿がプレイした平塚競技場」である。空気が東京と比べてサラッとしている。今日は普段と違ってまっすぐスタンドへ行かずに、関係者入口からフィールドへ出る。ナイター照明を浴びて、選手が練習してるまぶしいピッチを見る。バックスタンドにずらっと並んだ横断幕のなかに「暴れん坊湘軍」を確認。

 今日は声をかけたい男が水戸ホーリーホックのスタッフにいるのだった。こないだまでBucksの事務局で働いていた高橋利行君だ。高橋君は『IBニュース』の僕の担当編集者役をワンシーズンやってくれて、今度、職場が変わったので一度、水戸の試合を見に来てくれとメールをもらっていた。いたいた、意味不明にというか無駄にスーツを着てバインダー持って立っている。お前は監督か。監督の小林さんはジャージ姿だ。

 再会の握手をして、新加入のシン・ビョンホ(#30、元韓国代表)、アン・ソンジン(#32、元韓国ユース&大学選抜代表)について訊く。抜群のタレントだけど「英語も日本語もわからない」ので、コミュニケーションに苦労してるらしい。もう一人、練習生から正式契約になったファン・ハクスン(#23)が東京育ちの、いわゆる在日選手なので通訳も兼ねてもらってる由。何と高橋君は来月からBucksに戻るそうで、つまり今日がホーリーホック帯同最後の試合だった。ぎりぎり間に合った。とりあえず「今度は日光で」と別れ、正面スタンドへダッシュ。

 試合は前半15分、自陣ゴールエリア内で反則をとられた水戸が、湘南ガビリア(#10、元コロンビア代表)にあっさりPKを決められ、ワンサイドの予感。やっぱ1勝13敗2分(前節まで)の水戸は相当弱いらしい。そういえばガビリア、パラシオスの母国コロンビアはコパ・アメリカ開催を中止。86年のW杯返上に続いて汚名を着ることになった。日刊スポーツの今日付の記事によるとスポーツライターやスポーツリポーターの死体が発見されたり、爆弾テロで選手や市民が被害にあってるらしいから、WOWOW中継スタッフの為だけでなく、代替開催した方が無難だろう。いや、パラシオスたちがそんな凄いところから日本に来てボール蹴ってると思うと感慨もひとしお。

 ところが湘南、何度もチャンスを作りながらとどめを刺せないでいるうち、後半31分、カウンター(ファン#23→須藤#9)で同点にされてしまう。ゲームデータ的にはシュート数、湘南18に対して水戸19と互角の数字だが、見た印象では「湘南が一方的に攻めまくって攻めそこなった試合」という感じ。延長戦も無得点で終わり、1対1の引き分け。戦力差を考えると守備的に戦った水戸が勝ちに等しいゲームメイクをしたといってもいい。だけど、アレだね、ヨーロッパリーグと同じ長丁場のJ2は面白いね。死力を尽くしてワンシーズン戦う、という感じになるもんなあ。主力のケガとか、シーズン途中の補強、監督の交代、戦術の変更とかで要素が複雑にからみ合う。そもそもどこも選手層が厚くないから日程とか、暑さとか、消耗度は短期決戦のJ1と比べようがないよ。水戸はこれから楽に勝たしてくれない嫌らしい相手になるかもなあ。



2001/6/30(土)
 12時、戸田市・道満グリーンパーク、Qチーマー&埼京スティーラーズ&Redcaps連合軍×東京ボルメッツのトリプルヘッダー。微妙に小雨が時折ぱらつくなか、連合軍対ボルメッツのトリプルヘッダーが行われる。Qチーマー主体の構成だったので何年ぶりかで、当HPの管理人、ごくうと同じベンチに。全然野球やったことないヘタクソだと思ってたのに久々に見ると上手くなってる。第1試合ではタイムリーを打った。ゲーム的には全部大敗の3連敗。第2試合、ボルメッツ主戦の小松投手が生涯4度目の完封勝ちを記録(スローピッチソフトの完封は、野球のノーヒッターに相当する)。僕はこの日、主にピッチャーをやったけれど、コントロールに自信がついた。
これはショートリリーフなら行けるかも知れない。




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