蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2001年06月分 | |||||||
| 第3週 | 6/10 | 6/11 | 6/12 | 6/13 | 6/14 | 6/15 | 6/16 |
第3週
| 2001/6/10(日) |
| Redcaps日光遠征が天候不順で中止になった為、スポーツTV観戦デー。明け方まで原稿書いてたんで起きたのは昼過ぎ、GAORAで大阪ドームの近鉄×日本ハム戦からスタート。野球はのんびりした時間経過が妙味だから途中でシャワーを浴びたり、ピザ食ったり、新聞の池田市児童刺殺事件報道を読んだり、色んなことをして過ごす。 下柳又々、連敗ストッパー。中継ぎで出てきた佐々木(#45)が素晴らしかった。 19時からフジでコンフェデ決勝・日本×フランス、そして22時からスカパー青海放送センターへクルマで乗り込んでセリエA・ナポリ×ローマ。これがどちらも今ひとつというか、うまく行かない展開。ローマは勝てば18年ぶりの優勝という試合で、中田はその為に帰ったのに出場なしの2対2引き分け。中田抜きの日本代表はまったく攻撃の糸口が作れず0対1の完敗。小野は今日は真ん中で使うと思ったがなあ。今夜のスカパーはセリエA5試合の生中継を出していて、普通どんなマスコミも寝静まる日曜深夜に大変なにぎわい。解説の粕谷秀樹さん、岩本義弘さんと名刺交換。 で、ここからが俺という人間の本当におそろしいところなんだけど、2時過ぎ帰宅して間髪を入れず2時半からスポーツアイ−ESPNでNHLアイスホッケー・プレイオフファイナル第7戦である。いや、日記に書いてないだけで昨日も全仏オープンテニス・女子決勝、カプリアティ×クライシュテルスの死闘(第3セット、史上最多の22ゲームまでもつれる)を見てるし、サッカーだけじゃないんだなあ。3勝3敗で第7戦を迎えた今年のスタンレーカップ・ファイナル。地元ペプシセンターの大声援を受けたコロラド・アバランチが5シーズンぶりの優勝を飾る。感動したのはチームメイトが優勝の瞬間、氷に乗っていられるようにレイ・ボーク(#77)を送り出したシーン。レイ・ボークは22シーズンめ、40歳の大ベテランだが、これまでスタンレーカップに縁がなかった。脾臓摘出手術で戦列を離れていたピーター・フォースバーグ(#21)もジャージ姿でベンチに姿を見せる。 いや、授与式でキャプテンのジョー・サキック(#19)からスタンレーカップを渡されたレイ・ボークが両手で高々と掲げ、何度もキスしてた姿は感動した。22シーズンっていうのがどれだけ重いことか。ゲスト解説のコクド・中島谷友二朗がもらい泣きしていた。MVPはBucks・春名真仁の兄弟子、パトリック・ロワ(#33、ファイナルで2完封)。さーて、夜もしらじらと明けてきたし、原稿でも書くかな。 |
| 2001/6/11(月) |
| 22時、TBSラジオ『アクセス』出演。レーティングウィークのスペシャルゲストは糸井重里さん。糸井さんの話は前からラジオが合うんじゃないかと思っていたが、想像以上に面白かった。『アクセス』のゲストもいいけど、いつか自分の番組に呼びたいと思う。今日の収穫は番組内のちょこっとしたスポーツニュース枠を「ファイターズコーナー」と呼んでいいというお墨付きを村沢プロデューサーからもらったこと。残念ながら今日は負けたけど、いやあ、こうやってホフク前進ですよどこへ向かってか知らんけど。 |
| 2001/6/12(火) |
| 18時15分プレイボール、東京ドーム、日本ハム×千葉ロッテ。久々だなあ。球団史上最速の40敗を記録したFsは更に主戦投手・関根(#47)が故障で戦列を離れる大ピンチ。いや、まあ、ここまで来れば別にどうってことないけどね。東京ドームはM応援の黒ユニホームの人たちの方が多くて、どこのホームゲームかわからん状態。 予告先発は来日以来、勝ち星なしのスコット・サンダース(#32)と目下9連勝負けなしのジョニー黒木(M、#54)。普通に考えれば何もこんな日にFsファンがわざわざドームへ出かけなくてもいいのかも知れない。 だけど、そう簡単にいかないのが野球の面白いところ。初回、ゲッツー崩れで1点を失った後、サンダースが見事に立ち直り、M打線を沈黙させる。梅雨時は指のひっかかりが良くなるので落ちる球がキレていた。一方の黒木はさすがに安定感があって、球持ちの長さ、リリースの角度、低めのコントロールと野球の教科書みたいな内容だったけど、4回、片岡(#8)、オバンドー(#46)に連続ホームランを喰らったのが運のつき。片岡の一発は技ありの流し打ちだったけど、続くオバンドーにはムキになったところを行かれた。2対1。Fsは今季、本拠地やっと7勝め。 帰宅したら陸奥部屋から挨拶状が来ていて、敷島が引退を正式に表明したことを知る。電話で話して事情は知っていたが、心臓疾患で1ヶ月半も入院していたんである。9月30日、国技館で断髪式を行う由。これは駆けつけてやらなきゃなるまい。さし当たり、準年寄として後進の指導を担当する。いや、残念だとかそういうことは僕も散々考えたんだけど、現役と命とどっちが大切かという話になったら答は決まってるだろう。最高位・前頭筆頭、貴乃花から金星2回は大変なもんだと思う。 |
| 2001/6/13(水) |
| 14時入り、スカパー青海放送センター、『ワールドカップ・ウィークリージャーナル』収録。今日のゲストは安齋肇さん。コンフェデで既に仕事のスケジュールがボロボロになった安齋さんと大会を楽しく振り返る。僕も韓国の話を少々披露。韓国の話は韓国の話でのんべんだらりと報告するとめちゃめちゃ面白いんだけど、安齋さんの話が又、傑作すぎてそっちをメインに現場で変更。何かこう心のどこかで1時間じゃ物足りなくなり始めている。俺は一体、どうなってしまうのか。 |
| 2001/6/14(木) |
| 19時、青山円形劇場、『音楽の玉手箱〜メロディアスな夜〜』。先月下旬、初のソロアルバム『ピアノ・タペストリー』(VICJ-60746)をリリースした国府弘子のコンサート。第1部は同アルバムをイメージしたピアノの即興プレイ。第2部はスペシャルユニット(八尋洋一/B、岩瀬立飛/Dr、大坪稔明/Key)での各々向かい合ったスタジオライブっぽい配置の演奏。 国府さんの音楽はジャンル分けが難しくて、いつもどういう風に紹介すべきか迷ってしまうんだけど、スタンダードナンバーやブルグミュラーの練習曲やなんかをどんどん解体しながらつなげてゆく第1部のソロ・パフォーマンスを聴いて、やっぱりこの人はジャズの人だろうなと思った。演奏中の国府さんは本当に美しい。ラブレターを出して正解だったとつくづく思う。 |
| 2001/6/15(金) |
| 15時過ぎ、文化放送『吉田照美のやる気MANMAN』生出演。コンフェデの韓国取材報告。よーく考えるとスカパーの金で取材に行き、スカパーではろくすっぽそのネタやらないで文化放送でやるっていうのは変な話なんだけど、まあ今後、色んな形で番組に取材が生きてくると思うし、第一、ラジオで「俺、スカパーやってます」と宣伝すりゃうっかりした人が受信契約してくれるかも知んないもんな。とにかく今はスカパーのお客さん増やすことだと思ってる。俺が今、こんだけめいっぱい打ち込んでる仕事を見てもらいたいよ。 「三東のオヤジ」さんから掲示板に僕の事実誤認を指摘する書き込みがあり、いや、まあその件については「今日のネタは6月3日分のガガンボン日記が下敷きなんで読んでちゃぶ台」としか言いようがないんだけど、この際だから「大韓民国」という名前についてもう少し書くことにする。日本の植民地支配が始まる1910年よりほんの少し前、鎖国政策を続けてきた李朝は清のプレッシャーが弱まるにつれて歴史上初めて「帝」の字を使い「大韓帝国」を名乗った時期があるようだ。 もっともそれは日韓併合により名前としてはうやむやなものになってしまった。日帝時代の民族解放の動きとしては1919年の「3・1独立運動」(韓国では3月1日は公休日)が有名だが、それを契機として上海に亡命政府が樹立し、臨時憲法と内閣名簿を公布する。その名前が「大韓民国臨時政府」なのである。この臨政は1945年8月15日、日本でいう「終戦記念日」、韓国の「光復節」まで拠点として活動を続け、当然、解放後の正統政府であることを期待されたが、半島の利権をめぐる大国間のエゴにさらされて力を失い、朝鮮戦争を経て、結局、「大韓民国」は南側だけを指す名前になってしまう。 「大韓民国!」とウルサンやスウォンのサポーターが叫ぶとき、そのイメージは半島全部に及ぶのか、南側の豊かな社会を指すのか、僕が考えたというのはそういう話だ。「三東のオヤジ」さんの言う通り、映画やなんかを通して知るかぎり、南北分断後に生まれた世代は「大韓民国」をもはや限定的にしか使っていない気がしたのだ。 話はまるっきり違うが、今日の『やるMAN』では、コーナー冒頭、とにかく渾身の力で嫌なかんじにならないよう注意して、例の『女性自身』問題に触れた。照美さんや小俣さんの顔を見るとズバッと斬り込むのも何か気が引けて、まあ、だけど事前の斉藤ディレクターの打ち合わせでは何も言わないダマテンの形で、とりあえず、その話題からコーナーをスタートさせた。 照美さんは意識的に話題を避けようとする。小俣さんは案外嬉しそうにフォローする。いや、僕はオフマイクのとき何も聞いてませんよ。何も聞いてないけど、スタジオの空間に飛び込んでいって、生でぶつかって、自分の反射神経でわかったことはこの二つ。照美さんはネタに入った後、韓国代表チームのヒディンク監督が女性スキャンダルを新聞に書きたてられ、サポーターを中心に不買運動が起きたという話のときも、僕は行く気がないのにいきなりアウトステップしてパンチの届かない距離に逃げた。「おりょ? アウトステップ?」と思いながら0.25秒くらいで体勢直してネタ続行した俺の身にもなって下さい。「マイクサイド・ボクシング」だったなあ本当に。 |
| 2001/6/16(土) |
| 19時、新宿区西戸山公園野球場、Redcaps×ビコーズ。先週のBucks戦は流れたが、それにも負けないくらい楽しみにしていたビコーズとのスローピッチ・ソフトボール戦が実現。当HPでもお馴染みの作詞家、来生えつこさんがオーナーを務める強豪草野球チーム(創設は84年。軟式野球の新宿区1部リーグに所属)である。我々はまだ見ぬ「セーラー服と機関銃打線」のような、いわく言いがたいものを対戦前から勝手に想定して非常にびびっていたのだ。 とはいえスローピッチ・ソフトボールならば我々に一日の長がある。序盤からカサにかかって攻め、3回終了時点で7対1の圧倒的リード。それが試合が終わるとひっくり返ってるんだからスローピッチ・ソフトボールとFsの野球は本当におそろしい。Redcapsは吉野(#25)→加藤賢崇(#17)とつないで7対6、1点リードの状況で7回表、ビコーズ最後の攻撃を迎えていたんである。あとアウト3つでゲームセット。抑えに登板したのはもちろん「Redcapsのヒゲ魔神」こと佐藤(#49)に決まってる。ピッチャーゴロ2つで簡単に2アウトをとった。あと一人でゲームセット。ところが悪魔に魅入られたようにたったひとつのアウトがとれなくなってしまう。 はじまりはセカンドベース後方のポテンヒットだった。そこから何だかわからないがヒットだのイージーフライのエラーだの暴投だのが続いてビコーズこの回6点。いや、甲子園でもないのに何でこんなことが起きるのか。これがこの競技の面白いところ。キャッチャーやってて、どこかで止まるだろうとタカをくくっていたが、途中からもう一生アウトはとれないんじゃないかという気がした。そのときだ。 「♪こぉーのまま何時間でーも、打っているがいいー」 得体の知れないフレーズが頭をよぎり、ハッとしたのである。おそるべし「セーラー服と機関銃打線」! 7回裏、Redcapsもミスター青山(#23)の2ランで追撃するが、9対12で完敗。来生さん、相当脚色しましたが、どうもおつかれ様でした。又、よろしくお願いします。 |