蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2001年06月分
第1週 6/1 6/2
第2週 6/3 6/4 6/5 6/6 6/7 6/8 6/9


2001年5月 第5週分はこちら!



第1週

2001/6/1(金)
 19時半、ウルサン文珠競技場、韓国×メキシコ。フランスとの第1戦を0対5で失い、背水の陣の韓国。大敗のショックからどう立て直して来るか注目したが、今日は右サイド、チェ・ソンヨン(#3)からの攻撃が目立った。フランス戦、あれだけ固執したコ・ジョンス(#22)を使った左サイド攻撃がなりをひそめている。

 メキシコは意味なくボールを廻したりして、あと、韓国ディフェンダーが来るまで待って、フェイントでかわそうとしてとられちゃったりして、気のいい「ビバ・メヒコ!」なサッカーを展開。俺は何度も旅行で訪ねているが彼らの性分が本当に好きだ。前半は0対0で終わるが、もちろん気迫に勝る韓国が押し気味。

 後半11分、柏レイソルでも活躍のファン・ソンホン(#18)がヘディングで先制、この瞬間、競技場は歓喜の沸点に達し「大韓民国(デーハンミングー)」の大合唱&ウェーブの嵐。俺は鳥肌が立つ一方、こんな田舎でそんなに派手に騒いで空飛ぶ円盤が飛来しやしないかと思った。韓国の人は本当に熱い。そしてメキシコとは別の意味で気がいい。1点とってずっとウェーブ続けてるんだけど、客が集中切っちゃってる状態なんだよ。案の定、後半36分、PKで同点に追いつかれる。

 ロスタイム直前、「国難を救った」のはやはり柏レイソルでも活躍のユ・サンチョル(#6)だ。実はユ・サンチョルは前半37分、ボルゲッティ(メキシコ、#10)との接触で鼻骨を折っていた。鼻骨といっても眉間に近いところで、すぐ後ろは脳だから前半終了後、ヒディンク監督は交代を勧めたんである。

 「足が折れない限り、サッカーはできる。最後までやりたい」

 それがユ・サンチョルの答だった。そして後半44分、何と密集のなか、ヘディングで決勝点を決めたのである。何という熱いサッカー。試合後はシャワーも浴びずに病院へ直行。ヒディンク監督が洗練された組織サッカーを作ろうとしているが、根底にあるのはこの闘魂のサッカーだろう。興奮して夜、眠れなくなる。


現代自動車ブースでホン・ミョンボら(立て看板)と記念撮影。

「ビバ・メヒコ!」なメキシコ・サポーター。試合後は羽根飾りをはずして、しょんぼり親子3人、夜の街に消えていった。



フーリガン対策は頼んだぞ!



国旗付近の赤い人たちが、有名な「レッドデビルス」



2001/6/2(土)
 ソウルへの移動日。今日は特別、用事がないので明洞(ミョンドン)のスポーツショップを廻った後、韓国プロ野球を見ることにする。勝手知ったる地下鉄2号線で「総合運動場」下車。

 18時半、蚕室(チャムシル)球場、斗山ベアーズ×現代ユニコーンズ。いや、これが面白かったの何のって。俺はシアトルにイチローや佐々木を見に行くより、韓国野球見に行くのおすすめするよ。

 球場の雰囲気は川崎球場っぽいんだよね。1塁側3塁側のファウルゾーンにブルペンがあって、そういう感じは神宮にも似てるけど、何かパーマかけたおばちゃんがポテトチップと一緒にスルメ売ってる感じが涙が出るほどいい。

 あと、内野自由席にステージがあって、応援団長とチアガールが出るんだ。チアガール、ナイスバディでたまらんもんがあった。都市対抗の応援パフォーマンスに近いけど、韓国の方がずっといい。俺、#95のチアガールと交際希望するなあ。あの女の言いなりになって「斗山(ドゥーサン)! 斗山!」と一生を棒にふるのも悪くないと思うんだよ。

 韓国プロ野球は今年、創設20周年。軍事クーデター政権の人気とり政策として始まったという経緯や、その後の紆余曲折はあるにせよ、球場の様子を見ると野球が根づいてるなあと実感する。シアトル行くより面白いというのは、いわゆる「本場」を見て拝んで帰ってくるよりも、何というか今の日本プロ野球を相対化する視点が持てるからだ。そしてその視点は「本場・アメリカ文化」をも相対化できる可能性がある。サッカーで考えてみればいいよ。「本場」はイングランドなのだろうが、例えば南米のサッカーは下品で野蛮で無価値だろうか。

 試合は10回終了で3対3の引き分け。今日はつかまってたけどベアーズのストッパー、ジン・ピルジョン(#35)が気に入った。叩きつけるような角度のある真っ直ぐで149キロを放る。変化球はスライダーとフォークを確認した。Fsに今すぐにでも欲しい。でもね、ベアーズは目下、V3目指して首位を快走中なのであった。チーム・ショップでグッズをごっそり購入。

 ホテル(ソフィテル・アンバサダー) へ帰ったらスカパーのコンフェデ中継スタッフがコーヒーハウスでミーティングの真っ最中。解説者デビューのユン・テジョさんと再会、それから名実況の八塚アナとも仲良くなる。ユ・サンチョル(#6)は手術が必要で代表メンバーをはずれる由。明日はいよいよ準決勝進出をかけたオーストラリア戦だ。得失点差で4点とらないと苦しいらしい。日本のカメルーン戦快勝を聞く。何か心情的に韓国寄りになっている。


蚕室球場の入場ゲート。このナイキマークのような、あるいはブーメランのようなのがベアーズのイメージロゴ。


試合前のスタンド。横断幕にもあるようにベアーズはV3を目指す強豪チーム。


応援はメガホンではなく、空気をぱんぱんに入れたビニール製バットを打ち鳴らすのが基本。球場のなかに空気入れサービスのカウンターがある。



ほら、みんなビニール製バットを持ってるでしょう。


でも、試合見るときちょっと邪魔。




第2週

2001/6/3(日)
 昼間、東大門運動場付近のナイキショップでついにコリアのレプリカ・ジャージを購入。テジョさんの話ではプリントサービスの店があって、その場で背番号やネームを入れてくれるというので、#20・ホン・ミョンボにしてもらおうと探し廻ったが、日曜日は店のおじいさんが休みをとるらしい。その代わり別のショップで韓国プロ野球、LGツインズのレプリカ・ユニホームを発見、タッチ&バイ。

 真っ赤なコリア・ジャージを着込んでスウォンへ。ソウルからはタクシーで1時間くらいのところ。Aグループ、2位争いの当面の敵、オーストラリアと直接対決である。コリア・ジャージの効果は絶大で、高速料金所のおばちゃんがニコニコ手を振って送り出してくれた。

 19時半、スウォンW杯競技場、韓国×オーストラリア。オーストラリアは非常に守備的というか消極的な戦い方だった。得失点差にだけ気をつければゲーム自体は失っても構わない形。それに対して韓国はFW3人(3-4-3)の攻撃的布陣。不調のコ・ジョンス(#22)はスタメン落ちである。前半24分、又もファン・ソンホン(#18)がループシュートの先制ゴール。俺、日本帰ったら絶対レイソル応援に行く。いや、半泣きっすよ。俺も4万2千の大観衆も。

 前半、早い時間帯だったので、これはひょっとするとひょっとするかなと大期待した。協会公認の応援団「レッドデビルス」も『アリラン』を叫ぶように歌い続ける。逆側のゴール裏には南北統一旗をTシャツにした応援団が。

 「デーハンミングー(大韓民国)! デーハンミングー!」
 「デーハンミングー! デーハンミングー!」

 イギリス・プレミアリーグに所属するオーストラリアのディフェンダーが身体を張って韓国の猛攻をしのぐ。タフな攻防である。

 「デーハンミングー! デーハンミングー!」

 そのとき、ふと「レッドデビルス」と「統一旗Tシャツ」は、いや、当人たちの想いはひとつかも知れないが、位相に微妙な差があるのではないかという気がした。「レッド・デビルス」は僕の見たところ『JSA』世代というのだろうか、南北分断後に生まれて「大韓民国」を自明のこととして育った豊かな若者だ。「統一旗Tシャツ」はもっと若い学生風の集団だったが、その学生らしいストレートな政治アピールのなかで「大韓民国」とは何の名前なのだろう。

 ことは愛国心とアイデンティティーに関する事柄だ。昔、東独崩壊寸前にベルリン取材をして色んな人に尋ねたことに似ている。

 「東ドイツ、西ドイツという国は本当にあるのですか? 本当はドイツという国があるべきで、仮の名としてあるのですか? それとも仮の名前が時間をかけてもう本当の名前だと感じていますか? 東ドイツも西ドイツもなくなったら、あなたが今、感じている愛国心はどこへ行きますか?」

 ゲームは1対0のままタイムアップ。2勝1敗(勝ち点6)ながら韓国のグループリーグ敗退が決まった。紙吹雪や紙コップを片づけてる「レッドデビルス」を見に行く。何ていい奴らだ。世界じゅうのサッカー好きのなかで後片づけをちゃんとやるのは日本と韓国くらいのもんだ。俺たち、半島を植民地にして悪かったけど、世界で一番通じあうものがある。俺も「デーハンミングー!」、来年のW杯ではテレビに向かってその名前を呼ぶよ。赤いジャージを着るよ。きっかり1年後だ。お互い頑張ろうじゃないか。


相当似合ってると自負。


朝鮮の古い民話から抜け出してきたような人。奥の白いTシャツの人たちが「統一旗」サポーター。



2001/6/4(月)
 ホテルをチェックアウトし、東大門運動場へ。プリント屋のおじいさんを探し当てて「M B HONG・#20」を白で入れてもらう。13時半発、JL952便で帰国。



2001/6/5(火)
 もんのすげー忙しい。原稿たまってるし、明日本番なんでコンフェデの「日本×カナダ」「日本×カメルーン」のビデオ見とかなきゃなんないし、メールや留守電、FAXの返事書き、それからガガンボン日記の構成と猫の手も借りたい状態。

 あ、Bucksの本間マネージャーと今週末のソフトボール試合について話しました。

 ●球場変更、「日光小学校グラウンド」から「所野第2球場」という西武ライオンズ2軍本拠そっくりの名称のとこへ変更になりました。地図で見ると日光駅から少し東へ戻ったところ、所野公園のなかにあるようです。時間(14時開始)は予定通りです。

 ●雨天中止、どうも100人近いBucksファンが駆けつける様子らしく、この梅雨どき、どうやって雨天中止を伝えようかが問題として浮上しました。結論としては「前日(9日、土曜)の19時の時点で、えのきど&本間が天気予報をにらみながら決断、両方のサイトで広報する」です。当HPではBBSにて告知します。まあ、早めの決断が迷惑かけないコツですね。



2001/6/6(水)
 12時半、共同テレビ・河田氏と打ち合わせ。BSフジの『音読ライブ』に関して。自作コラムの音読という未経験の仕事を引き受ける。

 14時入り、スカパー青海放送センター、『ワールドカップ・ウィークリージャーナル』収録。サッカージャーナリスト、後藤健生さんをゲストにコンフェデ・グループリーグ総括と今後の展望について。日本代表の想像以上の学習能力にさすがの後藤さんも驚いていた。番組でも言及したが、今日発売の『サッカーマガジン』『サッカーダイジェスト』が面白い。先週まで「すごーく心配性な雑誌」だったのが嘘のように日本代表バンザイになっている。っていうか折の関係で〆切が早かったページはまだ心配性やってたりして。

 帰宅後、BBSをのぞく。当HPもおかげ様で一周年を迎えることができました。ありがとうございます。昨年の今頃はこんなことになると思ってなかったです。17万超ってホントに凄いヒット数だよ。来年の今頃はどうなっていることか。たぶん唐変木な忙しさだろうなあ。



2001/6/7(木)
 17時、横浜国際総合競技場、コンフェデレーションズ杯準決勝・日本×オーストラリア。試合開始とほぼ同時にどしゃ降りになる。W杯本番でも充分起こり得る事態。韓国は6月下旬から梅雨入りと聞くが、日本は昔からこういう四季なんだ。俺はFIFA公認W杯雨ガッパみたいなもんをもっと大量に売り出すべきだと思う。

 前半は何かオーストラリアに力づくで攻められてた気がするが、指定された席が屋根のない1階前から5列めで、しかも雨ガッパ姿の俺と間宮加愛をディレクターが撮ってるからびじょ濡れになりながらそこを動けない。席自体が試合を見づらい(横浜国際は2階席がベストだね)上に雨で視界が最悪。通常であれば「野球忍法」(あくまで野球忍法。つまり、長年にわたる野球観戦で身につけた裏技)を使って、屋根のある2階席へすぐ潜入してゲームに集中するのだが、こういう風に団体で動いてるときは自由にならない。ADの奥迫君に「2階席行かない?」と言ってみるが、「わかりました、ちょっと調べて来ます」と言って、しばらくすると「やっぱり、このチケットじゃ駄目だそうです」と帰って来ちゃう。

 そんなわけで中田英のFKゴール(前半43分)は雨を避けて待機中の1階通路モニターで見た。中田は充分仕事をしたからこれでローマに帰るだろう。ナンギなのは試合の流れが全然わからないのにゴールが決まったらガッツポーズの芝居をして絵を撮ってもらわなきゃならないところ。せっかく来たのにこんなアリバイ写真撮られてても意味ないなあと判断、ハーフタイムの間に「野球忍者」の本領を発揮する。スタッフに「2階行こうよ、俺、先に2階行っていい?みんなも後で来てよ」と言い残し、階段をどんどん上がる。簡単なことだ。チケットを確認している係員のとこへ行って、

 「すいません、チケット、なかでカミさんが持ってるんですよ。ちょっとトイレに出ただけなんですけど…」

 と言えばスルーできるでしょう。平日17時キックオフだから2階席はガラガラだし、もっと値段の高い1階席のチケットは持ってるわけだからそれほど気のとがめることじゃないと思う。ようやく落ち着いて試合を見たが、いきなり小野が服部と交代したり、鈴木が退場になって10人になっちゃったり、えらいことになっている。ちっきしょー、最初からここで見たかった。

 だけどスタッフが全然2階へ上がって来ないんだ。間宮加愛は今日がサッカー場デビューだから、何とか見せてやりたいんだけどスタッフ何人もついてて何やってるのか。ケータイで呼ぼうとしたら、雷のせいかドコモが死んでいる。まあ、いくら球場慣れしてないとはいえスタッフが一緒にいるんだから何か考えてたどり着くだろうと判断、森島の惜しいシュートに立ち上がったり、やっとサッカー見てる気分になる。

 結局、ロスタイムに入ってから間宮&スタッフはやっと2階席へやって来た。心配してたのでホッとする。ADの奥迫君は「えのきどさんが2階といってたんでずっと2階通路を探してました」とのこと。横浜国際は2階席の入口が7階にある。だけど忍者の俺が、そんな通路でいつまでもただ雨やどりしてると思ったか。「うわあ、こんなに席あったんですか」って、俺は1階席にいたときから上の空席状況を確認してるよ。間宮に悪いことしたなあ。ひき連れてきて、

 「お前、バカ、チケットさっき渡したじゃないか。あ、そうか、田中が持ってるのか。すいません、なかにいる友達がチケット持ってるんです」

 とか、そういう忍法にしてやればよかった。1対0で日本快勝! いや、強いチームになってきたよ日本!

間宮ファンの方は、こっちも見てね♪



2001/6/8(金)
 原稿書きの一日。Bucksの本間マネージャーが電話をくれて、今日と明日、自宅でゆっくり過ごせる日程になった為、大変助かる。何とかコンフェデでめちゃくちゃになった仕事のカレンダーを修正できそうだ。最近気に入ってる仕事のやり方はサッカーの録画ビデオを前半だけ見て、ちゃんと一本やり上げたらホウビとして後半を見せてやるという方式。45分だからプレステより効率いいと思う。今日の場合、渡韓前に録った「RKC×ローダJC(最終節)」である。あと今週、図書館で借りた『日韓キックオフ伝説』(大島裕史・著、実業之日本社)面白い。



2001/6/9(土)
 
『少年法(やわらかめ)』(伊藤芳朗・新保信長・共著、アスペクト刊)が送本されてきて、ふんふんなるほどと勉強になりました。




2001年6月第3週分へ

ガガンボン日記へ

TOPページへ