蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2001年01月分
第1週 1/1 1/2 1/3 1/4 1/5 1/6


2000年12月 第5&6週分はこちら!



第1週

2001/1/1(月)
 日テレで年越し。いや、笑った笑った『いけ年こい年世紀越えスペシャル2000→2001』。カウントダウンが始まり、新年の瞬間、NYの華原朋美と勉強部屋の坂本ちゃんをブザー押して叩き起こすという趣向が告げられる。普段よりアオリ気味のMCの松本明子。ピ・ピ・ピ・ポーンッ。ブラスバンドやチアガールがステージに飛び出す。
僕は奥さんと「明けましておめでとうございます」「おめでとうございます」なんて新年のごあいさつ。

 で、他チャンネルはどうなってるかなあとTBSのサザンとかフジのJ-FRIENDSなんか見て廻ったら、まだ年越ししてないんだよ! NHKの『ゆく年くる年』も年内らしい。
あわてて日テレに戻したら、ADが気がふれたような勢いでステージに飛び出し、チアガールを舞台ソデに押し戻す。1分フライングしてしまった。事情のわからない松本明子とチューヤンがADの指示フリップをのぞき込むうち今度は本当に新年到来。

 日テレ大失態。その後、モーニング娘のバッタもんみたいなギャルを出すが、もう何が何だかわからない。そのギャル集団がフリを間違えたということで、埼玉スーパーアリーナが壊滅するCGを繰り出すが、そんなCG用意してたんならフライングのとき使いたかった。やることなすこと裏目裏目で会場を猛烈な寒気が襲う。

 1年間、「麺ロードの旅」を続けてきたスペーストラベラーの作った究極の麺は全国の試食会場で大不評。いっぺん(年越し1分前に)ブザーで起こした華原朋美と坂本ちゃんはフォローがないので又、寝ちゃう。松本明子は番組最後に「もう、このメンバーで年越し番組をやることは二度とないと思いますが、本年もよろしくお願いします」とコメント。おかげで我が家は二回、新年のあいさつをしました。

 まあ、21世紀どんな出来事が待ってるか知らないが、「日テレで新世紀を迎えた」というのはこれ以上ないエクスキューズになる気がする。しょうがないよ、日テレで新世紀迎えた僕だもん。笑わしよんなあ。日テレはこのネタ、100年言われるに違いない。



2001/1/2(火)
 第77回箱根駅伝は母校・中大が逆転・往路優勝! 往路で勝った記憶が全然なかったのも道理で37年ぶり、東京オリンピックの'64年以来らしい。それにしても5区、山登りの藤原選手は見事だった。



2001/1/3(水)
 箱根駅伝は順天堂大が逆転・総合優勝。往路・復路共、最終区間で勝負が決まる面白いレースだった。中大は2年連続3位の好成績、後輩は大したもんだと思います。

 昼過ぎ、川崎の実家から両親、鎌ヶ谷の嫁ぎ先から妹と甥っ子が遊びに来る。皆で近所の待乳山聖天(まつちやましょうでん)に初もうで。

 夕方、『プロ野球12球団対抗ボウリング大会』(テレビ東京)を見ていたら、井出、金子、小笠原の日本ハムファイターズが優勝! 特に小笠原のフルスイングそのままの、力まかせなボウリングは見応えがあった。あと、近鉄は川口、鷹野、好太の3人でスコア95(最下位)って下手すぎないか。

 夜、日本テレビのニュースで桂三木助の自殺を知る。昔、フジ深夜の『征服王』で対戦したことなどが思い出される。何だか知らないけどもったいない話だ。残念な話だ。



2001/1/4(木)
 年賀状書きの一日。
 僕は毎年、新年になってから書くことにしているが、三が日で片づかないと何か仕事のように思えてくる。用意した150枚は昨日で使い切り、100枚ほど不足。何で急にそんなに知り合いが増えたのか。官製ハガキを買いに行くのが面倒で、だ〜らだ〜らしてたらあっという間に19時になり、郵便局が閉まる。まあ、それでもコンビニや浅草郵便局の自販機で買えるとタカをくくってたのだが、行ってみたら自販機は売り切れ。近所のヤマザキデイリーストアで10枚だけ購入。



2001/1/5(金)
 18時半、国立劇場小劇場、TBS落語研究会。
 数えて第391回、ホール落語の一極であり続けた「研究会」は21世紀の幕開けにとんでもなく思い切った編成でのぞんだ。
 
 「かつぎや」 柳家三太楼
 「佐野山」  橘家円太郎
 「初天神」  柳家花緑
    (仲入)
 「鈴ヶ森」  立川談春
 「御慶」   春風亭昇太
 
 談春が「いつか自分も落語研究会で、深い出のところをつとめたいなと思ったことがあります。思いは叶いますな。だけど、仲トリが花緑で、トリが昇太だとは思わなかった。小さん、志ん朝の間に入るもんだとばかり思ってました(笑)」とマクラで語った通り、異例の若手興行。花緑はトーンが聞きづらいが、江戸前で面白かった。談春は有名な「お若ぇのお待ちなせえ」の前段をわざわざ聞かせるというヘソ曲がりぶりがいい。昇太は、志らくと共におそらく今、一番マニアックな落語ファンの支持を集めている人で、文句なく笑わせた。15年たったら花緑が小さん、談春が談志(マクラで「志の輔、志らくがモメているうちに脇からサッと」と抱負?を語る)、昇太が柳昇を継いでいる可能性がある。



2001/1/6(土)
 16時フェースオフ、新横浜プリンスホテルスケートセンター、「日光アイスバックス応援チャリティーゲーム」、コクド×日光アイスバックス。経営難のBucksの為にコクドが主催してくれたお年玉企画。入場無料、会場入口の募金箱にいくらでもいいから入れてくれと呼びかける。これが大成功で、立ち見をふくむ1600人の盛況、約300万が寄せられる。

 但しゲームとしてはBucksはいいとこなし。コフマン、デガステッドを欠いた飛車角落ちで、控えGKの青木輝成(#97)が先発という事情を考慮しても、0対7(シュート数、17対48)はひどかった。救いは2ピリ途中、GKが春名に替わってからは1失点のみということぐらい。せっかくあれだけの人が(コクドファンも含めて)Bucksの為に集まってくれたんだからもう少し良いところを見せて欲しかった。

 だけどフルメンバーで徹底して攻めて来たコクドはさすがだった。以前、将棋の米長邦雄が「こっちにとっては勝ち負けがどうでもよくて、相手にとって肝心要の一番は、全力で勝ちに行かないと、その後、勝利の女神に見放されることになる」という話をしていた。そのとき例に挙げていたのは、米長さんがもう年間大勝ちしていて、たまたまシーズン最後に当たった相手が、あと1勝しないとA級から落ちるという風なシチュエーションだったと思う。ここで手加減すると勝負師としては命とり、もう後々までたたるらしいんだな。お客さんも入って、TVカメラもいっぱい来ていた今日のチャリティーゲーム、人情としてはBucksに花を持たせたいところだけど、僕がコクドの人間でも大勝を狙う。

 まあ、ゲーム的には盛り上がるところがなかったけれど、試合後、ファンサービスとして行われたPK戦はその分、大ヒートアップ。春名がよく守って3対3のタイで終わる。実は試合後、『SPA!』の「ゲッツ板谷のわらしべ偉人伝」、春名選手の回(掲載は2月とのこと)の取材が行われ、まあ、僕は立ち会わせてもらったんだけど、ホント良かったですよ、あそこで春名が頑張って「偉い人」をちゃんとやってくれて。

 あ、それから今日、嬉しかったことをひとつ。故障から復帰して頑張ってるDF、村井忠寛(#8)が「ときどきHP見てますよ」と声をかけてくれたこと。何て見どころのある、人間的にも百点満点な青年だろう。よければ『ほんまとー』から引き取ることを考えたい。FA宣言して「ガガンボン日記」に毎日出ないか!?


ゲーム終了後、新横浜アリーナ通りの「和民」にて。
隣の集団がうるさかった。ぼくらもうるさかったが。




2001年1月第2週分へ

ガガンボン日記へ

TOPページへ