蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2000年12月分
第5週 12/24 12/25 12/26 12/27 12/28 12/29 12/30
第6週 12/31


2000年12月 第4週分はこちら!



第5週

2000/12/24(日)
 

いただいたクリスマスカード。



2000/12/25(月)
 22時、TBSラジオ『アクセス』。
 今夜は風が強くてマジ寒かった。マンションの駐車場からクルマ出すとき半泣きになる。小島慶子アナは風邪気味で元気なかった。「大変だよなあ、オビで生番組やってる人って」と、今年は言われる側から言う側なんである。ホントに気楽だ。放送終了後、TBSのスタッフと赤坂で飲み会。



2000/12/26(火)
 昼過ぎに起きて何か風邪っぽいなと思いながらプレステやってたらフリー編集者の新保信長さんから電話、「あ、どうも新保さん元気?」「あれっ、今日、取材ですよね、浅草ビューホテルでお待ちしてるんですけど」「あっ」。

 完全に忘れてた。

 あわてて浅草ビューホテルへ急行。14時40分頃(本当は14時待ち合わせ)、『SPA!』の新連載「ゲッツ板谷のわらしべ偉人伝」の取材を受ける。スターツ出版の「怪人紀行シリーズ」で大人気のゲッツ板谷さんが、まあ、「笑っていいとも」方式で「偉い人」を次々に指名してもらいながら、目標マイケル・ジョーダンまでたどり着こうという壮大な企画である。最初は板谷さんが「針すなお」を指名したらしい。それからゴールデン街のママさんへ行って、その次、紙切りの「林家正楽」さんへ行った。

 何と僕は「林家正楽」さんからの御指名なのだった。これは物凄くうれしい入り方だ。ゲッツ板谷さんは初対面だったが僕の本を随分読んでくれていて恐縮、この人とは今後、仲良くなりそうだなあと直感を持った。夕方近くまで愉快に談笑、一応、次の「偉い人」には日光アイスバックス、「春名真仁(#61)」を指名。



2000/12/27(水)
 19時過ぎ、国立劇場小劇場、TBS落語研究会。
 遅れて到着、古今亭志ん輔の『富久』、柳家権太楼の『文七元結』、大ネタ二題を聞く。感心したのは権太楼の『文七元結』。先週聞いた小朝と比べて言葉のヌケが悪いし、人物造型も大雑把なのだが、異様な迫真力で実のある話にしている。権太楼という人は、一般には独特のフラを持つ爆笑派という位置づけじゃないかと思うが、あれ、フラのとこ削れば削るほど良くなるんじゃないか。こういう顔を作って間をとれば権太楼ペース、という風な箇所が今日はむしろ邪魔くさく感じた(僕は顔つくんのは枝雀も不満だった)。まあ、今年は暮れに物凄く器用な『文七元結』と不器用なそれを見せてもらったことになる。



2000/12/28(木)
 今週発売の『週刊ベースボール』(1/8、15合併号)を読んで頭を抱える。「千葉功の記録の手帳」によると今季のFsは3得点以下では2勝36敗1分(勝率.053)とほとんど勝てなかったらしい。ちなみに1点だと0勝10敗、2点でも0勝10敗、3点とっても2勝8敗。「いくら打っても打たれる投手陣」と小見出し作られても仕方ない。
 千葉さんは弱体投手陣に加えて「狭い東京ドーム」を理由に挙げる。Fs投手陣のホームランによる失点率は38.1%でリーグ・ワースト1、ランナー置いた場面でドカンとまとめられた結果だ。

 別のページには「どこより早い2001年戦力予想」という企画があるけど「問題は投手陣」「安定した中継ぎ投手の不在」と、もう素人でも言えるような内容。それなのに何故、トレードを断行しないのか。ピッチング・スタッフの新戦力は井場、加藤、中村の社会人ルーキー3人組とスコット・サンダース、あとは斉藤貢ぐらいだもんなあ。先発1枚、中継ぎ2枚、抑え1枚欲しいっす。



2000/12/29(金)
 15時、南伸坊事務所、猛烈に遅くなったお歳暮をお持ちする。南さんも風邪気味。
これは大変なことで実は南伸坊という人はここ20年くらいで2回(今回ふくむ)しか風邪をひいてないのである。だけど上には上がいて、作家の村松友視さんは20年で1回だという。その1回が今らしいんだな。つまり、これを総合すると風邪が流行ってる、南さんも村松さんもひいたくらい大変な勢いだ、というところだろうか。しょっちゅう風邪ひいてる僕なんか(ヘントウセンが他人と比べて大きい)鼻をぐずぐずさせてて当然だ。

 朝日朝刊に「新世紀 世界はもう祝った」の記事。いやあ、テレビやなんかで「20世紀最後の」が連発される度、心配していたんである。朝日記事中にもあるが、英グリニッジ王立天文台の公式見解は確かに「21世紀も第3ミレニアムも2001年1月1日スタート」としているんだけど、実は英米仏等は今年の元日、21世紀&第3ミレニアム突入を盛大に祝っちゃてるんである。いとうせいこうの『噂の世紀末』じゃないけど、何しろ西暦使って世紀末やるの日本人にとって初めてだからさ。たぶん象徴的にはフランシスコ・ザビエルでしょう、俺たちに西暦教えたの。不慣れなんだよなあ、今年「ミレニアム」連発して良かったのかどうか宗教的にわからない。英米仏は普段通りの年末らしいよ。くそう、今は20世紀なのか21世紀なのか。グリニッジ天文台とクリントン大統領とどっちが合ってるんだ。百年後に生きる日本人よ、次はうまくやってくれ。



2000/12/30(土)
 ラジオをつけっぱなしにして仕事部屋のかたづけ。
 本や雑誌、手紙の類を整理して、少しは人並みな部屋に近づける努力をする。
 封を開けてなかった『広告批評』6月号をパラパラめくってたら糸井重里×石井淳蔵の対談が載ってて、糸井さんが現在のクリエイティブの状況を「インターネット的」というキーワードで、

「やっぱり一番根源的なことは、自分のやりたいこと、あるいは目標の曖昧さと熱情みたいなものの掛け算が一番強い人が、リーダーシップをとる世界じゃないかって僕は思うんです。」

「これからは考えたやつが偉い、やりたかったやつが一番偉いという時代なんですね。これはいけるかもしれないと思いつき、それを実行するのはすごく大変なことですけど、この二つの組み合わせがあれば、ほかに何もいらないかもしれない。原料なしで、生産する前に、もしかしたら市場ができているかもしれない。極端に言うと、『こういうものを作ったら買うか』と言って、『買う』という人がいたら、作り方はわからないけれど『これから作る』というのも、ありかもしれない。欲望とか夢とか志とか、そういう目に見えないものがリーダーになれるというところが見えてきたこの時代に、果たして僕らに何ができるのか。『せっかく生まれてきたからには』って、明治維新の志士たちが言ってたようなことが、いまなら平気で言えるんですね。」

 と表現していた。当HPの開設は明らかに今年の僕の10大ニュースのトップを飾る出来事であって、又、一円にもならない作業ながら完全に僕の代表作といえる仕事(新聞、雑誌、単行本といった媒体以外でやったこととしてはJ-WAVE『クラブ・ド・トキオ』、文化放送『えのきどいちろう意気揚々』に匹敵すると考えている。いや、後で本にするとかそういう、意味の話じゃなしにね)だと思うんだけど、やってみてわかったことが物凄く沢山ある。糸井さんの言ってることはインターネットそのものもそうだけど、情報発信とそこから展開する具体的なアクションが、プロもアマもへったくれもない一線横並びの競合のようになったクリエイティブ環境の話だ。

 いや、このHPで近頃、話題にすることが多い例をいうと、日光アイスバックスの危機と、それに向けてのアクション、リアクションは非常に「インターネット的」だと思う。バックスがリアルな経済活動として今後、どうなっていくかは予断を許さないが、「やりたいこと」が強く、「目標の曖昧さと熱情みたいなものの掛け算」が強い人、人々が現実を動かそうとしている。

 ここからは文化放送『えのきどいちろう意気揚々』を聴いていた人じゃないとイメージしにくいかも知れないが、僕はラジオの作るインタラクティブな情報環境と、リアルな現実との関係を「忍者」というキーワードで考えてみていた。リアルの側に侵食していく方向性がなきゃ閉じてるだけで面白くない。現実の世界に「ラジオ的」世界が忍び込み、数々の忍法的行為を働くというのはどうだろうと思ったのだ。

「インターネット的」世界はそれが集団忍者戦みたいにうねりを持つ可能性がある。
「ラジオ的」が個人力の伊賀忍者なら「インターネット的」は集団戦の甲賀忍者。いや、案外、今年起きた出来事の何割かは甲賀忍群の仕業かも知れず、「田中康夫当選」「雪印食中毒事件に続き、食品メーカー続々回収騒動」はどうだろう等と個々の事件を検討してみる。

 そして「考えたやつが偉い」「やりたかったやつが一番偉い」という糸井論法でいけば、はっきりしてるのは、当HPから湧き出る一切合切に関して一番偉いのは管理人のモヒカン野郎、ごくうなんである。日記以外のコンテンツ、さぼりっぱなしで申し訳ないが、この場を借りて彼に「欽ドン賞」を授与しよう。っていつから俺は欽ちゃんだ!?




第6週

2000/12/31(日)
 10時、新横浜プリンスホテルスケートセンター、コクド年忘れファン感謝デー。大みそかにホッケーが見られるのはおそらくここだけじゃないか。到着してみると既に100人以上のコクドファンと、数人のBucksファン(確認済)が会場に。ファン有志(ホッケー経験者)&選手混合戦、そして選手の紅白戦、いずれも審判・桑原ライアン春男(#71)がショーアップを担当。紅白戦ではここでしか見られないGK(今日はFW)岩崎伸一(#1)のゴールシーンが圧巻。

 その後、スケート靴を貸してくれて、リンクに降りてのファン、選手の交流会になったのだが、僕が、貸靴コーナーで「すいません、26.5cmの靴、お願いします」と言って「ハイハイ」と持ってきてくれたのが、長野五輪の代表にもなった岩崎GKだったのでびっくり仰天。ホッケーの世界はまったくフランクだよなあ。

 スケート靴にはき替えて氷上の中島谷友次朗(#7)選手のとこへ行き、NHLキャップにサインをもらう。プレシーズンマッチとはいえナッシュビル・プレデターズの一員として試合に出場、1アシストを記録した中島谷は日本のホッケーファンの誇りである。早く日本人NHLプレーヤーが誕生しないだろうか。

 実は今朝、2時間半くらいしか寝てなくて、ヒゲそりのとき寝ボケて鼻の下のところを切ってしまった。血がタラーッと出たのでバンドエイドを貼って出かけたんだけど、サインもらってるとき中島谷選手にそこをつっこまれる。
 「あれっ、それどうしたんですか?」
 「いや、その…」
 後で考えたんだけど「こないだの試合、小掘のチェックがきびしくて」くらい言えばよかったと反省。

 アイスホッケー日本リーグはプロ野球やJリーグと比べて情報量が足りないので、他チームのファン感とはいえ見に行って大正解だったと思う。やっぱ『プロ野球ニュース』のオフ企画なんかで中村紀の普段の姿とか見てると、対戦するとき楽しいもんな。
あと氷上で並んでみてわかったけど、コクドの選手、やっぱ皆、Bucksよりひと廻りデカイよ。あんな大男にまともに当たられたらえらいことだなあとつくづく思った。




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