蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)
| 2000年12月分 | |||||||
| 第3週 | 12/10 | 12/11 | 12/12 | 12/13 | 12/14 | 12/15 | 12/16 |
第3週
| 2000/12/10(日) |
| 11時、蕨市富士見公園野球場、Redcaps×ベルガード。Redcapsは今季通算39試合目の最終戦にゲストプレーヤー、元日本ハムファイターズ・日里正義を迎えて、友軍ベルガードとの一戦を組んだ。走馬燈のように今シーズンの色んな出来事が頭をよぎる。 文化放送の朝ワイドが終わって、しばらくしてベルガードの足立工場を訪ねたこと。そこからメンバー不足でピンチだったRedcapsが蘇っていったこと。今日は結局、(たぶん)今季最多の23選手がグラウンドに集合した。 今季、Fsから戦力外通告を受けた日里くんにとっても12月の富士見公園野球場は「最終戦」であった。何とFsホーム用の65番のユニホームを着てグラウンドに出てくれる。試合前にキャッチボールをしたけど嬉しかったなあ。日里は鉄砲肩だ。グラブごしに手のひらでそれを確認する。今日は1番、レフトで出場、初回、先頭打者ホームランを放ち、又、4打席めはそれをしのぐクキーンッという当たり(打球がシューッと凄い音たてて飛んでく)で余裕を持っての3塁打を見せてくれた。4の2。俺は日里君の入団発表記者会見で将来の夢を質問し、「三冠王になります」と答えてもらっている。それから鎌ヶ谷で顔を見る度、声をかけ、応援してきた。まだこれからの選手だったと思う。三冠王にはなれなかったけど、僕たちは一緒にプレイして、日里君の凄さを惚れ惚れするような気持ちで知っている。僕は大好きだった日里君に本当にささやかだけど「引退セレモニー」をしたかったんだ。3対6で試合は負けちゃったけど、記念写真を撮って、万感の想いで日里君と握手した。ありがとう、おつかれさん、日里君、そしてみんな。 |
| 2000/12/11(月) |
| 16時、TBSラジオ『アクセス』元日特番収録。二木啓孝さん、神足祐司さん、宮崎哲弥さんと座談会形式。二木さん、宮崎さんは初対面であった。宮崎さんが福岡県久留米市の出身と聞いてびっくり。全然知らなかった。名刺交換後、いきなり久留米ローカルの会話になる。 18時過ぎ身体が空いてしまい、3時間ほど中抜け。こういうときはとっておきの手があって、三宅坂の国立劇場へ行くんである。大劇場、小劇場、演芸場と三つあって、だいたいどれかひとつはやっているし、あそこの駐車場、何時間駐めても5百円なんだなあ。ぶらっと行ったら今日は小劇場で文楽をやってて、もう全然文句ないのであった。演目は『彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)』。天明六年(1786年)初演の仇討物。 毛谷村六助住家の段(けやむらろくすけすみかのだん)の、六助、お園の名乗りの場面まで見て、TBSにクルマで引き返す。22時、『アクセス』生放送。今日は前ベイスターズ監督の権藤博さんがゲストで、オンエア中にサインをもらう。 |
| 2000/12/12(火) |
| 浅草・松喜の肉でスキヤキ。これがわかりきったことだけど旨いの何のって。 年末進行の仕事はラストスパート。20世紀もあと少しだけど、上を向いて歩こう。 |
| 2000/12/13(水) |
| 夜、鎌ヶ谷Fsの応援紙『梨に向かって打て!』の忘年会に顔を出す。スポーツCVの中村さんから「#46 MORIMOTO」のレプリカ・ユニホームが仕上がったとレンラクを受けたので、それを受け取るため。会場の日暮里・絵理花は貸し切りの盛況。しばらくすると西武ライオンズに移籍した小牧が登場。Lの秋季キャンプはとんでもなくハードだった由。「ティー・バッティング5百本」(3時間くらいかかるんじゃないか)というから、打力アップに一丸となっている様子が目に浮かぶようだ。小牧選手はLでは捕手一本でがんばるらしい。伊東、中嶋とライバルは多いが、是非、東京ドームで対決したいものだ。 |
| 2000/12/14(木) |
| 19時、青山円形劇場、『ア・ラ・カルト』。 出演:高泉淳子、白井晃、陰山泰、平沢智 演奏:中西俊博(ヴァイオリン)、細野義彦(ギター)、北島直樹(ピアノ)、クリス・シルバースタイン(ベース) 構成:白井晃、演出:吉澤耕一 毎年、暮れの楽しみは青山円形劇場プロデュースの、架空のレストランを訪ねることである。89年から続いている人気シリーズ。もう僕は高泉さん演じる「タカハシ」や「マダムジュジュ」、白井さん演じる「ペキー富岡」の顔を見ないと師走って気がしない。と書いていて今年は「山田のぼる」を見てないと気づく。 |
| 2000/12/15(金) |
| 原稿書きの一日。全然家から外へ出なかった。 チェルノブイリ原発3号炉が停止、86年の事故から14年たってようやく完全閉鎖される。91年だったか、モスクワへ取材に行ったとき会った、キエフの女学生はどうしてるかなあと考える。チェルノブイリ事故のことを話し、医者になりたいと言っていた。素朴な娘さんだったけど、もう27歳になるのか。 |
| 2000/12/16(土) |
| 16時、日光アイスバックス×西武鉄道。 大熱戦。第3ピリオド終了して3対3で両軍ゆずらず、霧降アリーナめちゃ盛り上がり。がっぷり四つというのだろうか、お互いの良いところが出て入場料が安い感じ。ところが1分休憩の後、突入した延長戦わずか15秒、西武・小掘(#7)に決定的なチャンスを作られ、あっさりゴールを決められる。 帰りの東武線、寂しかったなあ。いや、例えば西部劇だとかの決闘シーンである。 これまで色んなやりとり、アヤがあって、物語は保安官と悪漢の、男と男、一対一の決闘になったとしよう。背中を合わせて一歩ずつ距離をとってゆく両雄、振り返って撃ち合ったら、いきなり主役が死んじゃったみたいな話ですよこれは。残念すぎて。 まあ、ことをアイスホッケーに戻して考えるならば、一発勝負の抜き撃ちの決闘とは、フェースオフの、パックの奪い合いに尽きるだろう。あれとれなきゃ戦況は著しく不利になる。「基本中の基本」、「大前提」だけど、大きな要素だよやっぱり。 |