蚊の無駄にでかいやつであるガガンボ
(イラストは本文と関係ありません)


2000年11月分
第1週 11/01 11/02 11/03 11/04


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第1週

2000/11/01(水)
 16時、ホテル・センチュリーハイアット、第15回NTTふれあいトーク大賞選考会。
 10年以上、選考委員を務める作文コンクール。今年は真鍋博さんが前日に亡くなるという大混乱のなかで行われた。何しろ真鍋さんは唯一、第1回から選考委員を続けてこられ、ロゴ・デザインや関係図書の表紙も担当された重要メンバーなんである。一体、どう収拾をつけるのかと少し早めに会場入りしたら、何と亡くなる前日に予備選考の採点と選評を送っていただいてるという。「がん性リンパ管症」ということだが、具合の悪いなか病院であんなに沢山の作文を御覧になり、採点してくださったかと思うと言葉がない。

 選考委員は他に安藤和津さん、神津十月さん(カンナから改名)、椎名亜希子さん。そういえば昭和女子大の外山滋比古教授が座長を降りられた後、僕にその役が廻ってきたのだが、僕が「真鍋先生がいらっしゃるじゃないですか」と長幼の序をタテに固辞すると、しばらくして真鍋さんからていねいな毛筆の手紙をいただき、断るわけにいかなくなったいきさつがある。

 選考は不在の真鍋さんの採点表も勘案して、4人と見えない1人でやるような、奇妙な感じになった。選考自体にそれほど波乱はなかったけれど、人情として不在の1人の意見が強くなる。だけど本当にこんなこともあるんだなあ。24時間前は真鍋さんはこの世にいらっしゃったんだもんなあ。



2000/11/02(木)
 原稿書きの一日。月末、月あたまは大変だ。
 それとインド行く前に置いてく分。俺、11月25日に帰ってくる予定だけど、これ年末進行大丈夫なんだろうか。ガガンボン日記はたまにいいホテル泊まって週いっぺんかそのくらいまとめて送稿する予定。あと忘れてる仕事とかあったら留守電に「インド旅行中です。あの馬鹿、仕事忘れて行きやがったと大あわての方はヤフーで検索するとHPがありますから管理人さんあてにメール下さい」とふき込んで転送してもらおう。

 今日初めて丸佐東京園の「えのきど2000G.T.」をいただく。結構なお味です。



2000/11/03(金)
 蕨市・富士見公園野球場が状態不良で、Redcapsはゲーム中止。おかげで仕事が出来て助かりました。完徹で11時頃まで原稿を書いて、夕方起きてSKY-Aで先週土曜の日光×王子製紙戦を見る。終盤17秒の一件はともかく、チームが疲れてるのがよくわかった。やっぱり補強したとはいえ層が薄いのか。かねて思ってるんだけど実況の加藤じろうさんは夏場は千葉ロッテ戦を中心にパリーグの中継、冬はアイスホッケー・日本リーグを担当している。もし、回遊魚だとしたら俺と同じ種類だ。



2000/11/04(土)
 11時、大島小松川公園野球場。
 Redcaps、東京ボルメッツ、埼京スティーラーズの3球団が秋晴れの下、シャッフル・ゲーム「コナミ(ウソ)スーパーソフトボール2000」を開催。僕は秋田県出身ということで東軍の5番、キャッチャとして出場。楽しかったのはボルメッツの主戦・小松投手とバッテリーを組んだこと。試合は3対5で東軍が失ってしまったけど、徹夜組を含む5万大観衆を酔わせた(も同然の素晴らしいイベントだった)。




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