今までの


第一回戦

第一回戦のゲスト対談者は『子どもプラス』(雲母書房)編集者の平野勝敏さんです。


四回へ


五回表
 又々、随分間があいてしまいました。『子どもプラス』の原稿(第3回)どうだったでしょうか。今回の話は相当くだらないですね。いや、いつもくだらないんで今回に限っての話じゃないですけど。

 静岡に住んでたことを大事にされてるかんじが文面から伝わって来ました。大体、僕が『子どもプラス』で書いてる釧路時代の頃ですかねえ、いや、その前、群馬県の高崎市に住んでたくらいの年格好か。あんまり記憶が確かじゃないんだけど、妙なディティールは覚えてるもんですよね。いや、だから妹の子供とか、近所の子を見て、ちっちゃい子でもけっこう色んなことを考えたり、感じたりしてるんだろうなと思ったりする。

 僕も自転車によく乗ったなあ。小学生の頃は何かだいたい野球やるか自転車乗るかしてた気がする。
 僕の自転車全盛期は和歌山市に住んでた頃なんですよ。秋葉山プールとか、築港の海とか、お城の図書館とか、かなり広いエリアを移動していた。僕はいつか時間が出来たら和歌山市へ行って、当時遊んだ辺りを歩いてみようと思ってます。
 大学時代に一度、行ったことあるんだけど物凄く色んなことを数珠つなぎに思い出しそうな気がする。

 しばらく和歌山にいれば言葉も絶対思い出すから和歌山弁で文章が書けると思います。いつかそういうのやりたいなあ。あと久留米で久留米弁の文章書いたり。

 自転車で唐突に思い出したけど、日本酒のフタを集めるのが学校で流行ったことがあって、ま、月桂冠とか、そういうののフタのコルクをとったやつをおはじきみたいにして遊ぶんだけど、そのうちにレアなフタを見せ合いっこすることの方が遊びとして重要になってきて、たぶん4年生から5年生の夏だったと思うけど、自転車で普段行ったことのない町の酒屋さんのケースを見に行ったりしたのが面白かったです。

 つまり、地差が価値を生むというコレクターの基本原理ですね。直感的に、違う町内の酒屋にはまだ見ぬ酒のフタがあるんじゃないかって思って、一人でハンティングに出かけた。あんな遠くへ行ったことないというくらい遠くまで行きました。やっぱ所有欲が自転車こがせてたのかな。陽ざしの強い季節だった。酒屋のひさしの影が土の道にくっきり出てるのを覚えてるもんな。

 僕、思うんですけど酒のフタね。ああいうものを色々手に入れてクラスで自慢するくらいのサイズの人間関係って大人になっても割と必要ですよね。今の僕なら日ハム応援仲間とか、スローピッチソフトボールのチームメイトとかがそれに当たるのかなあ。あのくらいのサイズって意外とちょうどいいんだ。で、酒のフタみたいな遊びがやっぱり自然発生する。

 ま、普通の場合だと飲み屋の常連とか、そういうことなのかと思うけど、これは実は需要があって、結局、世の中のHPみたいなものはその力で廻ってる気もします。文化放送で番組やってたとき、ああ、大人になっても皆、遊びたいんだなあと強く思った。


えのきどいちろう


五回裏
 『子どもプラス』の原稿、ありがとうございました。よい原稿をいただけて、とてもうれしいです。連載第3回で、また世界が広がりましたね。語り手のえのきど少年が2年生に進級したからかしらん、とも思っています。

 「パンツのフリルを噛みちぎろうとする男の子E―なぜE君はそのような蛮行に至ったのか? 少年の独白というスタイルが魅力の連載『ケンカ十番勝負』第3回。9月中旬発行の『子どもプラス』をお読みいただきたい。刮目して待たれたし」と読者のみなさんには申し上げておきましょう。

 日本酒のフタ、僕も集めましたねぇ。「サケブタ」と呼んでました。やはり、入手のために遠征しましたよ。ヨソの地区の子との他流試合もあったなあ。やってみるとルールが微妙に異なる。ローカル・ルールですな。裏のコルクの部分にロウを積めて重くしていたりと、こちらが思いもよらぬ手で、手持ちのコマをごっそり持っていかれちゃったりするんだ。
 でも、サケブタはそう長い期間はやった遊びではなかったと記憶しています。思い出してみると、フタというか栓の部分の素材が、コルクからプラスチックに取って代わられるのと同調して、すたれていったような気がします。
 日曜研究家の串間努さん(『子どもプラス』で「思い出博物館」を連載中。宣伝めいてしまいました)に伺えばくわしいことがわかるかもしれません。
 そういえば、串間さんは子どもの頃、近所の印刷所(の庭)から活版の活字を手に入れたとか。いやほんとに小さいときから雑誌づくりが好きだったんですねぇ。

 サケブタに限ったことではありませんが、どこかで生まれた遊びの情報が全国の子どもたちへどのように伝播していったのかは、興味深いです。もちろん、いまの子どもたちの間にも、メディアに取りあげられなくても全国規模で親しまれている遊びがあって、おとなが知らないところでちゃんと楽しんで盛り上がっているようです。

 今回いただいたメールでおっしゃっていた「人間関係のサイズ」、おもしろかったです。
 何人くらいのグループが適正だとはいえないけれど、ある「ささいな」物事について共感できる人間関係はたいせつですね。顔の見える範囲っていうやつです。ま、コンフォタブルな関係が築きあげられるまでに、排除されていく部分は当然あるのでしょうから、結果として人数については収斂(しゅうれん)していくはずです。
 こうした関係、言うまでもありませんが、重要なのは「遊び」を媒介とした関係であることなんじゃないでしょうか。それゆえに「ゆるい」つながりを保つことができるのだと思います。お金、仕事がからんでくると、どうしても関係は「タイト」にならざるを得ない。自ら気づかなくても、どこか奥底でギスギスした感じを抱えたままの関係にとどまってしまうというか。
 うまく説明するのは難しいけれど、血のつながりでもなく、利害を伴うつながりでもない、息苦しさのない人間関係をつくれるのは、「遊び心」なんだと思います。

 それはそうと、えのきどさん、思い出ぶかい夏休みの宿題は何ですか? 工作では何を作りましたか? 夏休みの残りがギリギリになるまで取りかからなかったほうですか?

 僕は最後の最後までやらなかった。
 こないだ、「2学期の始業の日に、ピンで留めた昆虫採集の虫が生きていたんだから」と母に言われたけれど、ハハハ、おぼえてないな、そんなムカシのことは。


平野勝敏 



六回表へ続く


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