今までの
第一回戦
| 第一回戦のゲスト対談者は『子どもプラス』(雲母書房)編集者の平野勝敏さんです。 |
| いやー、一週間に一度はメールする予定が全然めちゃくちゃになってしまった。ようやく4回の表です。雨天中断くらい間があきましたね。まあ、こうなったらのんびり続けていくことにしましょう。別に一刻を争う話でもないですから。平野さんも仕事忙しいときはいくらでもサボッて下さい。 で、何の話してたんでしたっけ。今、ザッと読み直したかんじだと話ひとまとまり終わってるみたいですね。あ、僕がラジオで言った「君がごはんつぶを好きになると、ごはんつぶも君を好きになる」ってやつは冗談です。あの頃、「もっともらしい話」というのに凝っていて、何ていうんですかね、別に何も言ってないのに一見、深いことを言ってる風なコメントってあるじゃないすか。 「君が○○を好きになると○○も君を好きになる」 この○○の部分には心が通じないもの、無機物、抽象概念を入れるんですよ。 「ごはんつぶ」でもいいし「ちくわ」でもいいし「山口県」でもいいし、「プロレス」でも「表計算」でもいい。 これは反対も行けるんですよ。 「君が○○を憎めば○○も君を憎む」 確かラジオでは「人生」ってのを言ってた筈です。何か深いこと言ってるみたいでしょ。 あと、「人も又、同じ」っていうのも考えたんですよ。これはコメントの全段で物の成り立ち、仕組みを説明するんです。で、「人も又、同じ」とつけ加えるだけ。 「川は高きより低きへ絶え間なく流れている。人も又、同じ」 「雲も風鈴も風が吹いてはじめて動く。人も又、同じ」 「ズボンというものは2つの筒状の布が、中心部で合わさってひとつの筒になっている。人も又、同じ」 「ズボン」はアレだけどけっこう深いコメントに聞こえませんか。まあ、僕は言った先から忘れる方なので名言集(?)はムリかも知れません。 何か今回はテーマが大幅にズレたので、あれですよ、ちょうど夏休みだし、平野さんはどんな子供だったか、教えて下さい。大体、平野さんってどこの人だったんだっけ。何やって、どんなこと想ってました? ちんちんに毛が生えたのはいつですか? 夏休みはどこのプール行ってたすか? 人も又、同じ。 えのきどいちろう |
| 夏は苦手なんですよ。梅雨が明けそうなころから、早く秋が来ないかなあ、と祈るようにして過ごしてます、毎年。子どもの頃はこうではなかったように記憶してるんですがね。 僕は富士山のふもとで生まれました。静岡県。晴れていれば富士山がどーんと見える所で、ちび太の時期を暮らしたんです。こないだ、当時撮った8ミリフィルムを見たら、笑いました。画面いっぱいに富士山が広がっていて、そこを3歳の僕が走っていく。なに、先を走る電車にむかって手を振るために走っているんですが、その構図たるや、時代劇のラストシーンなんだもの。 何回か市内で引っ越したけれど、一度は海のすぐ近くに住んだこともありました。その町は地面が土じゃなかった。砂なんです。庭も砂。公園も砂。当然、幼稚園の園庭も砂。 幼稚園の運動会の父兄の綱引きでは足がしっかり砂地で固められるため、なかなか勝負がつかず、往生したと母が後に話してましたっけ。 あたりにはえてる木は松ばっか。ですから、木登りはもっぱら松の木でした。 幼稚園の年長組の時に横浜へ越しました。横浜では4カ所に住んだけど、結婚するまで横浜の市民でした。横浜といっても港の方じゃないから、のどかなもんです。山と畑と田んぼだもの。カエルとヘビとクワガタだもの。 小学校3年生の時に横浜でもさらに田舎の方へ転校したことが僕にとっては大きかったですね。どうやってクラスに迎え入れられるのか。自分がへりくだることなく仲間に入っていけるのか。「集団」に個で向かっていく不安を持ったのは、あのときが初めてだったんじゃないかなあ。 えのきどさんは、数多く転校された経験をお持ちで、以前、「転校の極意はケンカと笑い」という趣旨のことをおっしゃっていましたよね。いつごろその境地に達したんでしょうか。 ともあれ、転校以降、徐々に自分は一人、生きていくのは一人なんだ、と気づきはじめたんでしょう。仲間を作るとか、友だちとかいうことをうさんくさく思っていたようです。なんだかなあ。まったく的はずれっていうわけじゃないけど、自分ながらあんまりいい感じじゃないな。 転校した当時は、学校まで妹と二人で結構な距離を歩いて登校してたんですよ。横浜なのに。造成中の新興住宅地で、近所に小学生なんていなかった。そんなことも十歳の少年を厭世的な気分にさせてたのかもしれないな。ま、世をスネルっていうのは中学生以降、より拍車がかかるんだけど。 で、夏休みどうしてたかっていうと、毎日自転車にのってました。サイクリングなんかじゃなくて、そのへん走りまわっているだけ。少しずつ家からの距離を伸ばしながら、通ったことのない道を踏破する日々を送ってました。 夏休みっていうと、ペダル漕いでた舗装してない砂ぼこりの白っぽい道が思い浮かびます。夕立の中、必死に家に帰ったのも二度や三度じゃありません。 平野勝敏 |